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樋口尚文 銀幕の個性派たち

徳井優、ごつい庶民の意地をポップに見せる

毎月連載

第11回

『「また、必ず会おう」と誰もが言った。』 ©2013「またかな」製作委員会

 徳井優という俳優は、ちょっと見当がつかないくらい以前からあまたの映画やドラマに顔を出している気がするので、いったい現在何歳なのだろうと思ったら、予想に反してまだ50代なのだった(1959年9月生まれなので目下59歳になりたて)。

 そして私はあのどこにでもいそうで個性の強い容貌(以前も記したが映画やドラマで「普通の人」感を出す際に求められるのはだいたい個性的で特異な顔である)から推して、徳井は小劇場出身なのかなと思っていたのだが、実は東映太秦が原典なのだった。大阪市出身の徳井は、中学時代には役者を志し、高校卒業後、なんと東映京都撮影所の俳優養成所に入る。

 そして初めて出た映画は、大島渚監督の問題作として企画され、降板劇の後で降旗康男監督で完成された映画『日本の黒幕』だったというから驚きだ。この時は「立原繁人」名義だったというが、残念ながら全く記憶にない。そもそも徳井が身上とする軽妙なユーモアなど片鱗も求められない作品だったので、目立ちようもなかったかもしれない。

 したがって太秦の古式ゆかしい撮影所の大部屋から始めた徳井にとって、そこは小劇場のように端っこの怪優にまでまんべんなくスポットが当たる環境ではなく、あくまで主人公はスタア俳優で、あとは全てひとくくりに「その他」であるという世界であった。大部屋俳優はそこでスタアを盛り上げる役まわりに徹するのが美徳であったわけだが、映画黄金期でもない時代にあってずっとそのままでいいはずもなく、とはいえ自己主張して出っ張ってゆくのも難しい、なかなか悩ましい下積みの季節が続いたようだ。

『桜姫』(C)2013「桜姫」製作委員会

 この『日本の黒幕』が1979年のことであるから、徳井の芸歴はもう40年ということになる。私が最初に徳井を認識したのは、1985年のポール・シュレイダー監督の『Mishima : A Life In Four Chapters』(あのついに遺族の反対で国内上映できなかった三島由紀夫の生涯を描いた幻の大作)だった。徳井が扮したのは緒形拳の三島由紀夫に仕える、「盾の会」の隊員の役だったが、この見慣れない目のまわりに死神が宿ったような人相の俳優は誰だろうと思った記憶がある。その顔の印象は強烈なれど、まだ俳優名を覚えるには至らなかったが、この時分はまだ徳井は「立原繁人」を名乗っていたようだ。

 そんな次第で私の印象のなかの徳井優は、どちらかといえば後年やたらと配役される小市民的な役柄より先に、なんだか妙な殺気のある人という印象が強かった。だが実は、こういうどこか物騒なけはいのある悪相の俳優こそ喜劇的な方面で輝いたりするのだ(その典型が松重豊)。こうして80年代後半からおびただしい数の映画やドラマに顔を出して覚えられていった徳井は、87年に「徳井優」に改名して現在に至る。徳井は周防正行監督の諸作にも偏愛的に起用されるが、ちょうど『ファンシイダンス』あたりが徳井優のあけぼのに当たる時期であったわけだ。

『体操しようよ』(C)2018『体操しようよ』製作委員会

 しかし徳井のフィルモグラフィを見直してちょっと笑ってしまったのは、『ロード』の美容院店長、『なくもんか』の薬局店主、『罪とか罰とか』のコンビニ店長、『ウォーターボーイズ』のチィママ、『バンクーバーの朝日』の写真館店主といった小さな店のあるじ、『がんばっていきまっしょい』の渡し船の操縦士、『仔犬ダンの物語』のトラック運転手、『ゲロッパ!』の駅員、『終の信託』の守衛などのひとりが似合う仕事などが多く、なんと警官の役に至っては『ガメラ3・邪神〈イリス〉覚醒』『妖怪大戦争』『瞬 またたき』『「また、必ず会おう」と誰もが言った。』などで幾度も演じている。なんとなく徳井には、小規模小売店舗のあるじや下っ端の役人など、ひとりで頑固に威張っているような役をやらせたくなるようである。近作『体操しようよ』でもラジオ体操を仕切るリタイア親父に扮して、悪い人でもなさそうだがちょっと面倒くさそうな人物を巧みに演じていた。

 もっともこういう癖ある庶民を徳井に当てたくなるのも、その演技に嫌味な生々しさがないせいだろう。なんと1989年から16年間にわたって“べんきょうしまっせ引っ越しのサカイ”のコマソンで知られるCMに起用され続けたのも、そのベタな庶民を演っても軽快な、持前のポップさの賜物に違いない。

作品紹介

『桜姫』

2013年6月29日公開 配給:S・D・P
監督:橋本一 脚本:橋本一/吉本昌弘
出演:日南響子/青木崇高/麻美ゆま/平間美貴/徳井優

『「また、必ず会おう」と誰もが言った。』

2013年9月28日公開 配給:BS-TBS 宣伝:る・ひまわり
監督:古厩智之 脚本:加藤淳也
出演:佐野岳/イッセー尾形/杉田かおる/嶋田久作/徳井優

『サバイバルファミリー』

2017年2月11日公開 配給:東宝
監督・脚本:矢口史靖
出演:小日向文世/深津絵里/泉澤祐希/葵わかな/徳井優

『体操しようよ』

2018年11月9日公開 配給:東急レクリエーション
監督:菊地健雄 脚本:春藤忠温/和田清人
出演:草刈正雄/木村文乃/きたろう/渡辺大知/徳井優

『きばいやんせ!私』

2019年初春公開 配給:アイエス・フィールド
監督:武正晴 脚本:足立紳
出演:夏帆/太賀/岡山天音/鶴見辰吾/徳井優/宇野祥平

プロフィール

樋口 尚文(ひぐち・なおふみ) 

1962年生まれ。映画評論家/映画監督。著書に『大島渚のすべて』『黒澤明の映画術』『実相寺昭雄 才気の伽藍』『グッドモーニング、ゴジラ 監督本多猪四郎と撮影所の時代』『「砂の器」と「日本沈没」70年代日本の超大作映画』『ロマンポルノと実録やくざ映画』『「昭和」の子役 もうひとつの日本映画史』『有馬稲子 わが愛と残酷の映画史』『映画のキャッチコピー学』ほか。監督作に『インターミッション』、新作『葬式の名人』が2019年に公開。

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