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春日太一 実は洋画が好き

“動くマチルダ・メイの裸身”観たさから観た『スペース・バンパイア』で予想外の“カタルシス体験”

毎月連載

第33回

写真:Everett Collection/アフロ

我が家は母親が『スクリーン』『ロードショー』の二誌を毎月購入していて、それを読みながら育った──という話は折に触れて述べてきた。そして、両誌ともに欧米の女優たちのヌードシーンの特集が組まれることがあった。

10歳になるかならない身にはあまりに刺激が強く、「これは観てはいけないものだ」と本能的に感じて、そこのページは飛ばすようにしていた。それでも、その刺激への興味は抗いがたいものもあり、気がついたらチラチラと目を通すようになっていた。

そして、実際の作品でそうしたシーンを観たいと思うようになる。といっても、ビデオを借りるにしても映画館に行くにしても、その年齢では親と一緒。テレビもまだリビングに一台しかなかった。つまり、親に「観たい」とねだらない限り観ることはできない。それができるだけの度胸はなかった。

そうして悶々としていた頃、両誌での「今月のテレビ放映作品紹介」のコーナーに掲載されていた──前回の『13日の金曜日 PART4 完結篇』のコリー・フェルドマンと同様──1枚のスチール写真が目に入る。

そこでは、一糸まとわぬ女性が神々しい光を放ちながら立っていた。「マチルダ・メイ」という女優だった。その彫像のようなあまりに美しいプロポーションに見とれてしまった。

なんだ、この映画は──。タイトルを確認すると、『スペース・バンパイア』とある。これなら「観たい!」とねだれる。そう確信した。

たとえば、タイトルが『エマニエル夫人』ならどう考えてもアウトだが、なにせ『スペース・バンパイア』だ。「スペース」に「バンパイア」。下種な好奇心に繋がる要素はまるでない。これなら、親にも目的を勘づかれないだろう。

リビングで一緒に観るのも気まずいが、「こういう場面があるのは知らなかった」という体でいれば誤魔化せる。

そして、放送が始まった。期待していた場面は、早々に現れる。

宇宙空間で連絡が途絶えたスペースシャトルが発見され、そこには全裸の女性が眠るカプセルがあった。カプセルは収容され、地球の研究所に運ばれる。そして、そこで彼女は目覚めた。美しさに見とれる男たちに近づきキスをする。と、男たちはみるみるうちに生気を吸い取られ、ミイラのようになってしまうのだ。

その間、マチルダ・メイはずっと裸だった。“動くマチルダ・メイ”は写真以上に美しく、刺激的で、ドキドキが止まらなかった。

親がどういう顔で観ているかは見ないようにして、とにかく画面に集中した。僕もあんな姿になっても構わないから、彼女に──なんて不純な妄想を子供だてらにしながら。

が、そんな甘美さに浸る時間はすぐに終わる。ミイラ化した男が立ち上がり、目から怪光線を発すると、その調査をしようとしていた医師から生気を奪い取ってしまう。彼女から生気を吸い取られてしまった者もまた、人から生気を吸い取らないと生きていけないバンパイアと化してしまうのだ。そうして、人から人へと感染は広がっていく。

といっても、説明的なやりとりが続くため、この間の展開はけっこう退屈だった記憶がある。目的である“動くマチルダ・メイの裸身”を観ることができたので、もう離脱して寝ようか──と思っていた矢先のことだ。その眠気をぶっ飛ばす、とんでもない映像が目に飛び込んでくる。

バンパイア化は一気に広がり、ロンドンの街全体に広がっていたのだ。道という道に、異常をきたしたゾンビのような人々があふれ返る。その様は恐怖──は全くなく、賑やかで楽しげに思えた。牛追い祭やトマト祭、リオのカーニバルといったラテン系の祝祭を観ている感覚に近い。ゾンビ映画のような湿った暗さが全くなく、その異様に高いテンションは陽気にさえ映っていたのだ。

観終えて去来していたのは、祭に参加した後のようなカタルシス。日頃の憂さが吹き飛んだような心地よさを得られた。ラストにまた全裸で出てくるマチルダ・メイも、今度は祭のクライマックスに出てくる山車のように思えていた。

その後もテレビで何度か放映され、その度に観ている。もう、かつてのような目的はない。「さあ、今回も祭に参加するぞ」そんな感じである。

プロフィール

春日太一(かすが・たいち)

1977年、東京都生まれ。映画史・時代劇研究家。著書に『天才 勝新太郎』『仁義なき日本沈没―東宝VS.東映の戦後サバイバル』『仲代達矢が語る 日本映画黄金時代』など多数。近著に『泥沼スクリーン これまで観てきた映画のこと』(文藝春秋)がある。

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