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YOASOBI「ハルジオン」からカツセマサヒコが考える、“音楽と物語”の関係性 両者が影響しあうことで生まれる没入感が魅力に

リアルサウンド

20/5/12(火) 18:00

 “ストーリー性のある音楽”に魅力を覚えたきっかけは、いつだったか。33歳の自分の人生を辿ると、思春期に聴いたBUMP OF CHICKENの「K」が蘇ってきた。

(関連:“小説+音楽”のクリエイターユニット YOASOBI、第2弾楽曲「あの夢をなぞって」も好調 バイラルチャート躍進の理由を探る

 歌詞の中に主人公がいて、別の世界の何処かで、リスナーと同じような苦しみや逆境と戦っている。その姿に自分を重ねて、勝手に応援したり、泣いたりしていたのが、もう20年も前のことかと驚く。

 「音楽と物語」の関係は、切っても切り離せない。数々のドラマや映画、アニメとタイアップした主題歌たちがそれを“物語って”きたし、詞の中に物語をとじこめる手法も、ずっと昔から存在していた。二つの関係は、常に近い距離にあったと言える。

 そして2020年。「音楽と物語」の歴史を語る上で欠かせないユニットが、躍進を続けている。YOASOBIだ。

 “小説を音楽と映像で具現化するユニット”を名乗るYOASOBIは、昨年末リリースの初音源「夜に駆ける」で、今年1月9日付のSpotifyバイラルチャート1位を獲得。続く「あの夢をなぞって」もYouTube再生回数200万回(5月12日現在)を突破し、多くのメディアが注目しはじめた。5月11日に配信リリースされた新曲「ハルジオン」については、地上波のニュース番組でも取り上げられ、SNSでトレンド入りするほどとなっている。

 YOASOBIは「ボカロP・Ayaseと女性ボーカル・ikuraのユニット」であり、アニメーションで作られたスピード感のあるMVが印象的だ。その点を切り取ればヨルシカが近い存在に思えるし、TikTokでも頻繁に楽曲が使用され、ティーンに人気なところでいえばずっと真夜中でいいのに。と似たような捉え方もできる。

 また、「小説」と「音楽」といった別ジャンルの融合にチャレンジしている存在といえば、過去に小説や漫画がシリーズ累計900万部を突破したボカロP・じんによる「カゲロウプロジェクト」も浮かぶけれど、YOASOBIの作品が「作家とコラボレーションし、音楽と物語が深いところで繋がって、互いを高め合う」意味では、遡れば“ジブリと久石譲”のような関係にも思えるし、最近でいえば“新海誠とRADWIMPS”のようなものでもあるとすら思う。

 RADWIMPSの「スパークル」が流れれば自然と僕らの脳には『君の名は。』の特定のシーンが描かれるし、さらにそこから、2016年当時の自分の情景や心境を思い出す。「元カノと観ました」「出産前に観た最後の映画でした」。音楽や匂いや文章などの外的要因から過去を感傷的に思い起こすことを筆者は「エモ」と定義しているけれど、YOASOBIの新作「ハルジオン」および原作となった『それでも、ハッピーエンド』(橋爪駿輝・著)も、この側面が強い。

 戻れない青春の終わりと、色彩を失った現在。そのコントラストを「換気扇の下、センチな気分に酔って、あなたが吸っていたのと同じ銘柄の煙草に火をつけてみる」(本文引用)といった情緒的な描写で綴った原作『それでも、ハッピーエンド』に対して、YOASOBIの「ハルジオン」はセンチメンタルなイントロと躍動感ある演奏、フックのあるメロディ、透明度の高い歌声で応えてみせた。音楽・映像・小説の三要素がいずれも少しずつ別の側面を見せるから、作品が立体的に見えてくる。

 筆者は仕事で掌編小説を書くことがあるので、原作者側の視点からもYOASOBIの話をしたい。

 文章を読むには「文字を追う」必要があり、受け手の能動的な行為が発生する。そのため、テキストコンテンツにおける物語のスピード感は、最終的には受け手に委ねられている。

 その点、映像や音楽は、作り手に作品のスピード感をコントロールする権限が委ねられている。BPMをいくつに設定するか、カットをどのように割るか、一つ設定を変えるだけで、受け取る印象は大きく異なってくるはずだ。

 また、小説は脳内でビジュアル化するための「想像力」を読者に委ねる要素が大きく、音楽には歌詞やメロディの意図を紐解く「解釈」を視聴者に委ねる要素が大きい。

 この違いを意識して作品を作ると、音楽や映像は、小説では表現しきれなかったスピード感を見せることができるし、小説は、歌詞やミュージックビデオの再生時間内で描けなかった作品の背景を補てんすることができる。

 しかし、上記のような相乗効果をもたらすには、「それぞれの作品が高い水準で自立し、完成されていること」が前提にある。楽曲をわざわざ言葉(それも長文)にして表現するのだから、一歩間違えれば受け手の解釈を狭める原因にもなり得るし、文章を映像化することによって、想像力を妨げる可能性もあり得るのだ。

 大好きだった漫画や小説が、アニメ化や映画化された途端、自分の想像と乖離して愕然とした経験はないだろうか。あの感覚を思い出してもらえればわかるように、表現を交ぜることは、常に諸刃の剣を構えた状態だといえる。

 そうした“物語と楽曲の危うい関係”から考えてみても、今作「ハルジオン」は、原作に干渉しすぎず、お互いを解放し合うように楽曲を制作することで、突き抜けた作品となることに成功している。原作を読んでからミュージックビデオを見てもいいし、楽曲を聴いてから原作を読んでもいい。両者が影響しあうことで生まれる “物語への没入感”こそが、YOASOBIの真骨頂であり、多くのファンを惹きつけている魅力だと言える。

 最後に楽曲タイトルが「ハルジオン」である点にも触れたい。庭先やコンクリートの隙間から知らぬ間に花を咲かせるハルジオンには、雑草ならではの物悲しさの中に力強さやひたむきさ、しなやかさがあり、これは楽曲の持つ疾走感と力強さ、それに相反するように綴られた過去に固執する歌詞が馴染む。また、紫苑属の花言葉は「追憶の愛」であり、これは原作『それでも、ハッピーエンド』の物語とも深いところで繋がっている。

 音楽が物語を拡張し、さらなる没入感を生み出す。その対象は小説に留まるものではなくなるかもしれないし、YOASOBIこそが、あらゆる物語のそばに力強く咲くハルジオンのようになるのかもしれない。(カツセマサヒコ)

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