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笑い飯・哲夫が語る、仏教とお笑いの共通点 「知識が増えるといろんな感覚で物事が見えるようになる」

リアルサウンド

20/4/14(火) 8:00

 「代われ!」と言いながらWボケ&Wツッコミを繰り広げる実力派漫才師・笑い飯の哲夫。仏教好きとして知られる彼の新著『ザ煩悩』が現在、好評発売中だ。

関連:『ザ煩悩』書影(画像)

 『えてこでもわかる 笑い飯哲夫訳 般若心経』から仏教にまつわる著書は5冊目となるが、本著は自身がパーソナリティを務めるラジオ番組『仏教伝道協会プレゼンツ 笑い飯哲夫のサタデーナイト仏教』(FM大阪)のリスナーから募集した煩悩にまつわるお悩みを仏教的に解決するという内容。リスナーから寄せられた短い文章に隠れた可能性を読み解く鋭意な審美眼、親身ながらも芸人らしいクスリと笑える視点が非常に面白く書かれている。

 本著や自らの煩悩についてじっくりと伺ったインタビューは、長年深めてきた自らの知識を「ただのパクリ」と自虐的に謙遜しつつ、仏教へのリスペクトが随所に感じられるものとなった。(タカモトアキ)

■この作家おもろいなぁと自分自身に思ってしまった

――本著はラジオリスナーから届いたお悩みに、哲夫さんが答えていくという内容。親身になって一緒に考えようとするような、優しい話し口調で書かれているのが印象的でした。

哲夫:まさにおっしゃる通りです。みんなで共有しましょうというような文体にして、読者の方と今ディスカッションしてますよ、会話してますよという感じで読んでもらえたら嬉しいなと思いながら書かせていただきました。1本につき大体2000字が目安となっていたんですけれど、中には100字で解決してしまうようなお悩みもありまして。残りの1900字を今まで培った知識で埋めるしかない、という時もありました(笑)。

――答えていく中で、印象に残ったお悩みはありましたか?

哲夫:お悩みを送ってくださったリスナーは皆さん、センスがおありで、イジるところが満載でした。特にダブル不倫をしてしまった挙句、離婚して欲しいけれど夫がしてくれないというお悩みは、すーーーっごい煩悩やなと思いましたね。あと、事業所のボーイッシュな女性に壁ドンをして欲しいというお悩みは、まず事業所ってどういうこと? なんで営業所じゃあかんの? 意味がわからんなぁと。その人が言わんとする“事業所”という言葉に、とにかく疑問を抱きました。

――このお悩みでは壁ドンという言葉に対して、敏感に反応しているところも面白かったです。

哲夫:夜中に大阪を歩いてまして、酔っぱらったカップルが閉まった店の前で口論してたことがあったんです。で、彼氏が(怒って)シャッターをドーンとやると、やられた女の子がもうやめてよぉ!と叫ぶ。こういうどうしようもない喧嘩で、彼氏がシャッターをドーンとやるだらしない行為こそ、ほんまの“壁ドン”なんです。本来はやってはいけないことを指す言葉のはずなのに、世の中では女性がされたい魅力的なものとしているのがいやらしいなと思っていまして。以前からこの言葉に納得がいってなかったので、けちょんけちょんに言いたかった(笑)。やから、壁ドンのドンは西郷どんとか食べ物につけるものだと書かせていただきました。……全然納得いかないですね、壁ドンは。このお悩みはひっかかるところが満載でした。

――お父さんが嫌いだというお悩みに対する哲夫さんの言葉が、優しくも芯を突いていて胸に刺さりました。

哲夫:あれ、ええでしょう? 読み返してみて一番グッと来たのは、僕もそれかもしれないです。読み返すという行為が好きなんですけど、(この答えを)読み返した時、うわぁ、この作家おもろいなぁと自分自身に思ってしまったというか。あかん、このまま読んでいったら感動してまうわと読み進めるのをためらったくらいええなぁと思いました(笑)。

――ひとつのお悩みに対する答えを導くのに、どれくらい時間をかけられたんですか?

哲夫:(担当編集者と決めた)提出のペースは、3日で1本だったんです。3日で2000字か……無理そうやなぁと思ってたんですけど、結果、1日早く書き終えることができました。その後、ブラッシュアップする期間はありましたけど、3日に1本書き上げるという習性がせっかくできたのに書くものがなくなってしまって、今はものすごく物足りない日々を送ってます。その時間を読書に費やしてるんですけど、この前、本の推薦文の依頼がありまして。よっしゃ、久しぶりに書けるわと喜んでたんですけど、それが三島由紀夫について論述している本について論述せよっていうもので、むずいなぁと。とは言え、やったことがない作業やったんで、やり甲斐も持ってやらせていただきましたけどね。

――執筆する中で、書き進めるのが難しかったお悩みもあったのではないですか?

哲夫:学生時代、同じ先生の授業中に必ず寝てしまったというお悩みがあったんですけど、結びの文が“中学生の体験談でした”やったんです。どうしたらいいんでしょうか? とかなら答えようがあるんですけど、これの何が煩悩なん? と。何に対して悩んでいるのかがわからなかったので、答えでは長いこと論じたあと、どういうお悩みをお持ちなのかわかりませんと書かせていただきました。僕はね、ネタでもこういう論法をやるのが好きなんですよ。最初の10分くらいは普通に付き合って(相手に)話を合わせるんですけど、途中で「さっきから気になってんねんけど、お前、なんで喋る時に最初ピュッてなるの?」とかツッコむ。そういうのが好きなので、そんな感じでこの答えも書かせていただきました。

――芸人としてネタを書いていることが、執筆にも活かされているんですね。

哲夫:ひと笑いもないみたいな話はあかん、と思ってましたね。3日で突っ走って1本2000字以上書いてはみたけれど、読み直すと、あれ? 全然笑えへん。ただただ知識を並べてるだけやなと思ったものは書き換えました。ただ、急いで笑かしにかかってスベってるところやむりやり冗談を盛り込んで失敗しているところも多々あるとは思います。ブラッシュアップ期間も、これはここで笑かしてるからアリとするかとか、あかんなぁ、ひとつも笑かしてないから文末に1文を付け加えてもらおうとかめっちゃ気にしました。

■会社が仏教好きを徹底的にイジってきた

――そもそも、哲夫さんが仏教に興味を持たれたきっかけは?

哲夫:子供の頃、実家へ月命日にお経をあげに来はるお坊さんの声がすごくきれいやったんです。で、そのお経をこっそり聞きに行くのが趣味になりまして、この人は死んだ人に向かって何言うてんねやろう? と疑問を持ったことがきっかけでしょうね。また、高校時代の先生が面白い話を教えてくれたのも大きかった。仏教というのは原因と結果でつながっていて、世の中すべて苦しく、その原因となっているのは煩悩と言われるものやと。で、煩悩は108あると言われていて、数は除夜の鐘と一緒。苦しいことは四苦八苦となっていて、すべてを数字にすると4×9=36、8×9=72。36と72を足したら煩悩と同じ数になるねんと教えてもらった時、あぁ、すごいなと思いました。大学では西洋哲学を専攻しなければならないゼミにいたんですけど、仏教の豆知識を仕入れたいなと思い、個人的な趣味としてこそこそと図書館で調べてました。

――その探究を、芸人になってからも続けられたと。ただ、芸人になった当初は隠してたんですよね?

哲夫:そうなんですよ。仏教が仕事になるなんて微塵も思ってなかったですし、漫才をやってますとアホで笑いが欲しいっていう大前提がありまして。仏教に固いイメージを持たれる方もいらっしゃるので、(周囲から)めっちゃむずいヤツやと言われるのではと思っていたんです。ある時、僕がネタ帳に写経してたのを、ネタ帳を見るという番組で芸人の先輩に見つかって「こいつ、気持ち悪ぅ!」と言われまして(笑)。恥ずかしいなと思っていたら、ヨシモトブックスという吉本にある出版の部署の方が仏教の本を出しませんかと徹底的にイジってきたんです。で、出した本が大当たりして今では仏教で大金を稼がせていただいてるんですから(笑)、ほんまにありがたいお話です。

――本著を出すきっかけとなったラジオ番組もそうですが、仏教好きが知られてからより知識を深めている印象があります。

哲夫:お寺さんにおもろいお話を聞かせてもらう中で、ある程度の知識という台を作れたと自負してるんですけど、台を作ったら乗せるものがいっぱいできたというか。知識が広がる分、知らないことが増えてきますし、いろんなお寺さんが次から次へと面白いお話を教えてくれはるので知識がさらに増えていったということです。ただ、僕は仏教のアマチュア。プロはお坊さんであって、僕はパクって書かせてもらったり、話をさせてもらったりしてるだけです。何をしゃしゃり出てるねんという話で、パクらせてもらっているだけなのでほんまに申し訳ないです。

――哲夫さんのわかりやすい紹介のおかげで、面白みを感じている人は多いと思いますよ。

哲夫:ほんまですかねぇ? そう思っていただけていたら、ありがたいです。

■知らないということが煩悩の根源

――哲夫さんは多趣味で知られますけれど、趣味が多いというのは煩悩でもありますよね。

哲夫:たしかに、好きなことがありすぎるのは煩悩です。ただ、煩悩ではない角度から趣味を見ることもできるのではないか、と思っています。僕は花火が好きなんですけど、花火師さんから教えてもらった話とか花火雑誌に書いてあったことを――これもまぁ、パクりなんですけど(笑)――みんなに伝えるんです。例えば、花火の尾が引いて広がるのが菊で、尾を引かずに広がるのを牡丹って言うんだよ、とか。そうすると、より面白く花火を見てもらえる。ある程度、知識を入れてからそのものと対峙すると、面白味は何倍にも増幅するんです。

――知識を増やすことで、煩悩は違うものに昇華させられると。

哲夫:仏教では知らないということが煩悩の根源やとされている。仏教では無知のことを無明(むみょう)というんですけど、知らないことはあかんことであって、知ることこそ大事やとされているんです。僕自身、知っておくことが好きなので、いろんな趣味が次から次へと生まれていくんやと思います。実家が農家でちょいちょい作業することがあるんですけど、手伝いでやっている時は知らなかったことも、自分ひとりでやらなあかんとなって向き合うと知識が増えていくんですよね。例えば、パッと見て鮮やかなてんとう虫は野菜に危害を加えない。害虫を食べて野菜を守ってくれるんですけど、パッと見た時に汚いなと感じるようなてんとう虫もいますよね? 変な模様のヤツとか。ああいうのは野菜を食いよるので、農家からすると腹立つヤツなんです。テントウムシダマシという名前で呼ばれたりするんですけど、人間の勝手な目線でつけられているって考えるとかわいそうなところもある。そんなふうに、知識が増えるといろんな感覚で物事が見えるようになるのも面白いなと思います。

――今のお話を聞いて、興味を持ったものにのめり込むことは大事なんだと感じました。

哲夫:僕が特に知ってよかったなと思うのは、仏教の循環理論。手塚治虫の『ブッダ』でも出てきますが、ちっちゃい動物が大きな動物に食べられて、それがやがて死ぬとアリがたかって食べる。そのアリが洪水に流されて魚に食べられて、その魚を人間が食べる……そういう地球の循環からいろんなものの見え方がとらえられて、平和的な考え方ができるようになりました。

――本著の中にも、お坊さんが口にするものについて書かれています。生きていくことは、いろんな命をいただくことだと。

哲夫:だから、いただきますってすごい言葉ですよね。お命をいただきますという意味で手を合わせている。日本人は無意識に仏式をやってるんです。

■バチ覚悟で仏教をイジる

――また、人を笑わせる芸人という職業も煩悩ですよね?

哲夫:ほんまですね(笑)。もともとお笑いが好きで、自分がおもろいと思い込んでいて人様に見てもらいたかったから芸人になっただけで、趣味のひとつやった仏教が仕事になるとはほんまに考えもしていなかったんです。ただ、仏教のお仕事をさせてもらっていると、あぁ、これはネタと一緒やなと思うことが多々あるんですよ。要するに、仏教は題材が固い分、めっちゃ笑かしやすい。例えば、お葬式の時、お坊さんの頭にハエが止まったら笑ってまうのは、お葬式が厳かな雰囲気というフリ、仏教という格式高いフリがあるから。そこに、ちょこっとくすぐりを入れると落差で面白くなるんですよね。

――寛容なお釈迦様ならば、仏教に笑いを取り入れることを許してくださるんでしょうか?

哲夫:そこはバチ覚悟でやってます(笑)。細かいバチは当たってる感覚も多々あります。僕は濡れてる椅子とかよく座ったりしますから。その時は、あぁ、仏教をイジったからかなぁと思いますし、バチを回避するためにトイレをきれいに掃除したりもするんですよ。前にバチが当たりそうなことをやった。あれでマイナス1やから、掃除してプラス1……はい、バチがセーフになったと思いながら生きています(笑)。

――今後も、仏教についてまだまだ書きたいことがありますか?

哲夫:お仕事でいろんなお寺に伺うたびに、お坊さんが面白いお話をたくさん教えてくださるんです。ありがたいことに次から次へと知識が増えていくので、皆さんにもお伝えできれば。そういう機会があれば、またパクって喋りたいなと思ってます。FM大阪さんの番組も15分に拡大されるので、この本も第2弾が出せたらいいですね。

(取材・文=タカモトアキ/撮影:林直幸)

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