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中井美穂 めくるめく演劇チラシの世界

ケムリ研究室 no.1「ベイジルタウンの女神」

毎月連載

第22回

ケムリ研究室『ベイジルタウンの女神』チラシ(おもて)

コロナ禍であらゆる演劇が延期や中止に追い込まれ、新たに手にするチラシもごくわずか……、そんな中で、1枚のチラシが演劇界を明るく照らしました。ケラリーノ・サンドロヴィッチ(KERA)&緒川たまきの新ユニット「ケムリ研究室」による『ベイジルタウンの女神』。前代未聞の状況下で、このチラシはどんなふうに生まれたのか。デザイナーのチャーハン・ラモーンさんに訊きました。

左:中井美穂 右:チャーハン・ラモーン

中井 『ベイジルタウンの女神』は新たな演劇ユニットの記念すべき第1作。相当力が入ってらっしゃったのでは?

チャーハン そうですね。この連載の取材、来ないかなって狙ってました(笑)。

中井 それは光栄です! KERAさんとのお仕事はいつから?

チャーハン 2018年のナイロン100℃『睾丸』からです。突然連絡をいただいて。 KERAさんの作品にもよく参加されている小野寺修二さんのカンパニーデラシネラのチラシをずっと担当しているので、おそらくそこで知ってくださったんだと思います。

中井 「ケムリ研究室」のロゴ自体もお作りに?

チャーハン はい。ユニット名と、「ロゴに写真を使いたいんだよね」ということをKERAさんがおっしゃって。撮影は2月頃でしたね。そうそう、あとね、「チェスをやっている感じにしよう」という要望をいただいて。カフカがチェスをしている写真があるらしくて、それを緒川さんが気に入っているから、という話だったと思います。

中井 じゃあユニット名、写真を使う、チェス、というポイントでこのロゴが生まれたわけですね。これからずっと使われるであろうロゴを作るのって、ドキドキしませんか?

チャーハン いやもう、それを考えだしたら何一つ作れなくなっちゃうんで、あまり意識せずにやりました。

全キャスト、「スマホ自撮り」の
写真を使って

中井 二つ折りのチラシはよくありますが、縦に開くのは珍しいですね。

チャーハン この開き方を提案したのは僕です。高さ、上下関係を表現したくて。「お金持ちが貧民街で暮らす話」というのは聞いていたので、じゃあビルが高くそびえていて、上と下にキャストがいるようにしようと。

ケムリ研究室『ベイジルタウンの女神』チラシ(中面)。A4サイズの縦開きになっている

中井 何よりもこのチラシ中面、キャストの顔写真がすべてスマホ自撮りというのにはびっくりしました。

チャーハン そうなんですよ。逆に言うと、ほかは全てコラージュなんです。だからどんな服でも着せられましたし、かつらの様に髪の毛をかぶせている人もいます。

中井 自撮りというアイディアはチャーハンさんが?

チャーハン はい。自粛期間中で、このチラシの打ち合わせもzoom越しでしかできないような時期でしたから。キャストのみなさんにはお一人あたり10枚以上、あらゆる角度の顔の写真を撮っていただいて、それを構成しました。

中井 たとえば、高田聖子さんにはどんな指示を出してこの表情に?

チャーハン 目線の向きだけ指示させてもらって、「何かを企んでいる顔をお願いします」とかそんなのだったと思います。

中井 たしかに企んでる! コラージュされた衣装やポーズは、チャーハンさんのイメージで?

チャーハン そうです。それぞれのキャラクターの細かい設定まではまだわからないので、とにかく緒川さんと高田さんが上の階層の人ということで作っていきました。中面はけっこう好きにさせてもらいましたね。

中井 直接ミーティングができなかったり、撮影もできず自撮りを集めたりというのは、ふつうだったら制約でしかない。けれど、それを感じさせない完成度の高さですね。前々からすべて決まっていたのかというくらい。

チャーハン ラッキーでしたね。もちろん本当は直接お会いして撮影したかったですけど、こんな時期だからこそできたチラシかもしれません。

手作りコラージュから
生まれたビジュアル

中井 表の、マンホールから出てくる緒川さんのワンショットもインパクトがありますね。

チャーハン KERAさんの中に、このできあがりに近いイメージがあって。ラフで緒川さんのアップのものなんかもいろいろと提案しましたけど、この形になりました。貧民層に落ちた感じが表現されています。

中井 コラージュの街並みも不思議な感じ。この建物はどこから?

チャーハン 昔の写真です。1940年代とか50年代くらいの、いろんな都市の写真からとっています。もともとはこの建物、すごく平面的に並べていたんです。それを緒川さんが「こんな感じはどうですか?」と切り貼りして送ってくださった。その手作りコラージュがすごくよくて、それをベースに作っていきました。

中井 そんなやりとりが!

チャーハン 全体的な色使いも、緒川さんのイメージが反映されてます。僕、ちょっと色を濁らすクセがあるんですよ。でもすぐバレて「前の色に戻してください」って(笑)。

中井 緒川さんの中に確固たるイメージがあった?

チャーハン 「もっと綺麗な色で行こうぜ、チャーハン」ってのがあったんだと思います。緒川さんはそんな言い方しませんけど(笑)。僕がちょっとマイナーにマイナーに行ってしまいがちなタイプなので。KERAさんや緒川さんと一緒にチラシを作る作業は、僕の作るものをプロデュースしてもらっている、みたいな感覚があります。「こうやるからチャーハンはマイナーなんだよ」とか「こうやったほうが、みんなが喜ぶデザインになるよ」っていうのを教えてもらっているような感じ。

中井 タイトルの文字も印象的ですが、これはどんなふうに作っていったものですか?

チャーハン 空間をあけたかったんです。緒川さんの頭の上半分を、本当は全面あけたいくらいだったんです。だからタイトルもぜんぶ下に持ってくる案も作ったくらい。さすがにそれではタイトルが目立たないねということで、なるべく場所を空けるために細長い形にしました。

中井 チラシ内の空間ありき。

チャーハン はい。手書きっぽくしたのは、ガタガタしているのが好きだから。……時代性というか、KERAさんや緒川さんの作品のイメージが僕にとってこういう雰囲気で。少し古めの、レトロな感じ。

中井 一方で日にちとか、「世田谷パブリックシアター」とかはきっちりした書体ですね。

チャーハン 普通なら、ここももうちょっとデザインしますよね……ここ、書かないでほしいくらい(笑)。

中井 いや、そこが面白いなと思います。あまりにもすべてがスノビッシュだと、置いていかれる感じになってしまう。「ああ、またおしゃれなことやるんだ、私にわかるかしら」というところを、この書体が手を差し伸べてくれている。ちょっと抜け感があるというか、こっちに寄ってきてくれる手触りがあります。

日時も発売日もない、
歴史に残るチラシ

中井 チャーハンさんが演劇チラシに携わるようになったきっかけは?

チャーハン 美術系の高校に通って、そこで演劇をやっていたんです。脚本も役者もなんでもやっていた。今も一応やってるんですけど……いいですよ、こんなの書かなくて(笑)!

中井 高校生の頃って、「演劇なんて恥ずかしい」という感覚はなかったですか?

チャーハン 当時つきあっていた女の子に連れて行かれて、演劇を観たんですよ。別に「後の誰がいた」とかいうわけでもない、普通の大学生が作ったオリジナルの作品。それでも「かっこいい世界がある」って思っちゃったんです。

中井 それをかっこいいと思えたのは大きいですね。

チャーハン あとはアングラ演劇のポスターの勉強も学校でしていて。横尾忠則さんとかのポスターを見ては「かっこいいなあ」と思っていました。学校を出て3年くらい勤めたあと、ずっとフリーです。いろんなデザインをやりますけど、基本は演劇のチラシが多いです。

中井 演劇のチラシで大事にすべきことは何だと思われますか?

チャーハン 「これをしなくてはいけない」はわからないですけど、「これをやっちゃだめだよね」はいっぱいあるんですよ。単純にダサくしてはだめだし、そこらへんの商業デザインを模倣したものはまずいよねとか。そんなことを思いながらやっています。

中井 演劇チラシに長く携わってこられた中でも、今回のチラシは異例ですよね。

チャーハン はい。公演期間は書いてあるけど、日時がないんですよ。星取表がない。チケット発売日もない。こんなチラシを作ったのは初めてです。

ケムリ研究室『ベイジルタウンの女神』チラシ(裏)

中井 本当に上演できるかわからないからギリギリまでチケットも売れないし、チラシも作れない。チラシのあり方もちょっとずつ変わっていくのかなという感じがしますね。それでも、これだけ完成度の高いチラシを手に取ると、「演劇をやってくれるんだな」と本当にうれしい。この状況下でたくさん配信が始まったけれど、チラシがないからよくわからなくなってしまう。文字情報だけってこんなに頼りないんだな、と思いました。

チャーハン 公演が終われば不要になるけど、チラシって芝居が始まるまではメインの存在じゃないですか。今回に関しては日時もなく、ざっくり言えば載っているのは出演者とビジュアルだけ。それでもこんなチラシを作らせてもらえて、本当に贅沢だなって思います。

中井 チャーハンさんのお仕事の中で、コロナの影響で日の目を浴びなかったチラシやパンフレット、どれくらいですか?

チャーハン 7デザインですね。デザインを作ったのは3つくらい、印刷までかからなかったのがうち1つ。「写真撮影しましょう」という段階で中止になったのが4つ。

中井 そんな暗い時代に、この燦然と輝くチラシを手にできてうれしいです。しんみりしてないところがいいですよね。笑い飛ばそうという感じが伝わってくる。

チャーハン 作品自体も、間口を広くという話をされていましたね。

中井 緒川さん演じる女社長が貧民街で暮らすことから始まるロマンチックコメディ。本当に楽しみです。今回のチラシは、ご自身の中でも印象に残る仕事ですか。

チャーハン そりゃあもう。それこそ学生の頃に、自分たちで劇団健康の「ウチハソバヤジャナイ」をやっていたりした、憧れの人ですから。そんな方と一緒に仕事させてもらえて、こうして贅沢なチラシが作れた。本当にうれしい仕事ですよ。だからこそ、この作品が予定どおり上演されてほしいと思います。

取材・文:釣木文恵 撮影:源賀津己

作品紹介

『ベイジルタウンの女神』
日程:9月13日(日)~9月27日(日)
会場:世田谷パブリックシアター
作・演出:ケラリーノ・サンドロヴィッチ
出演:緒川たまき、仲村トオル、水野美紀、山内圭哉、吉岡里帆、松下洸平、温水洋一、犬山イヌコ、高田聖子 ほか

プロフィール

チャーハン・ラモーン

デザイナー・イラストレーター・演出家。1976年、高知県生まれ。文学座、カンパニーデラシネラ、こまつ座、演劇集団円、PM/飛ぶ教室、ピッコロ劇団などで宣伝美術を多数手掛けている。ナイロン100℃『睾丸』ポスターデザインにて東京TDC賞2019入選。

中井美穂(なかい・みほ)

1965年、東京都出身(ロサンゼルス生まれ)。日大芸術学部卒業後、1987~1995年、フジテレビのアナウンサーとして活躍。1997年から「世界陸上」(TBS)のメインキャスターを務めるほか、「鶴瓶のスジナシ」(CBC、TBS)、「タカラヅカ・カフェブレイク」(TOKYO MXテレビ)にレギュラー出演。舞台への造詣が深く、2013年より読売演劇大賞選考委員を務めている。

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