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レジェンドの横顔 第2回 森崎東が捉えたもの 寄稿・真魚八重子

ナタリー

20/9/18(金) 20:00

「ペコロスの母に会いに行く」撮影時の森崎東。

映画史に燦然と輝くレジェンドたちの功績や魅力に迫る本連載。第2回では、2020年7月16日に92歳でこの世を去った森崎東を取り上げる。

2013年公開の遺作「ペコロスの母に会いに行く」が、キネマ旬報ベスト・テンの日本映画1位に選ばれたことが記憶に新しい森崎。11月21日からは東京・シネマヴェーラ渋谷で3週間にわたる「追悼特集 森崎東党宣言!」の開催も決まっている。映画ナタリーでは、映画評論家の真魚八重子に追悼文を寄せてもらった。「森崎東ほど、のめり込んで観た監督はいない」と公言する真魚が、“森崎喜劇“と評される作品群の魅力に迫る。後半では数あるフィルモグラフィの中から、お薦め映画6本を紹介。また追悼特集のラインナップも掲載した。

文 / 真魚八重子 作品解説(P2) / 奥富敏晴

“森崎喜劇”の尋常ならざる力

色々な映画を観る中で、よくやるのが作家主義的に監督でくくる観方だ。やはり突出した個性を持っている場合が多く、その特質のために時代を超越していて古ぼけることがない。

今年7月に亡くなった森崎東監督は、特に感銘を受けて夢中になって鑑賞した作り手だ。近年も、名画座の特集上映の際には中年はもちろん、若い男女の客からも容赦なく涙を搾り取っていた。わたしのようにすれてきて、古いコメディでこれみよがしに笑う客がキライだったり、古臭い人情噺には警戒心を怠らなかったりする人間ですら、森崎作品となると映画館の中で嗚咽が止められない。「泣かせる映画が良い」という話ではなく、森崎監督の作り出す映画は、どれもなにか尋常ならざる力で観客の心に波風を立てて、怒涛の如く平常心をなぎ倒していくのだ。抵抗したくてもアヴァンタイトルの映像がもはや魅力的で、アッと思った時には心を持っていかれている。とにかくその作品はエモーショナルで、下層社会への共鳴が深く、社会問題へ内側から鋭く切り込むような視点は他の追随を許さない。

これを読んでいる方々がこういった前口上に興味を持って、いざ配信で観ようとすると、そのタイトルで手が引っ込んでしまうかもしれない。「喜劇 女は度胸」「生まれかわった為五郎」「女咲かせます」……こんなすさまじくダサいのばかり。しかし映画本編は内容から細部の設定まで、現在に至っても最先端の問題提起が輝いている。たとえば森崎東の映画には、必ずセットや実際の建物に至るまで、廃品回収業者の人々が多く住んだ集落が映り込む。本数の多さからしてもたまたま見つけた気まぐれなロケなどではなく、撮影を行う地域の貧困集落をリサーチしているとしか思えない現場の見つけ方だ。かなり早い時期からダークツーリズムに取り組んだ映画監督として、「ハイパーハードボイルドグルメリポート」のような危険な場所への潜入撮影の先駆者といえる。

登場人物たちもストリッパー、ヒモ、ヤクザ、日雇い、斡旋師、原発作業員、実在した集落全体で泥棒をやっていた集団など、ちょっと(あるいは大きく)主流から外れてしまった者たちが主人公として描かれる。 松竹時代のストリッパーものでは森繁久彌とその妻役の中村メイコといった女優陣が、「新宿芸能社」という御座敷ストリッパーの斡旋業を営むシリーズが代表作だ。「喜劇 女は男のふるさとヨ」では、ストリッパーを志し、お金がないから片目ずつ整形をしていく緑魔子が不思議で可憐だった。緑魔子は薄幸さが似合う女優で、本作での彼女は街で出会った落ち込んだ青年を励ますために、なけなしの施せるものとして自分の体を与えようとしたところ、売春容疑で捕まってしまう。

一方、生まれ育ちはそういった界隈ではないのに、ある日社会の歯車から外れてしまって迷い込んでくる青年たちもいる。森崎作品でそんなドロップアウト組を演じる財津一郎がまた絶品だ。洗練された知的な青年なのに、ある日なぜか不思議の国のアリスのように、今まで見えていなかった下層社会に足を取られたようになる。そもそも森崎東は脚本も書く監督で、渥美清の「男はつらいよ」シリーズのキャラ作りに携わっていた。寅さんも下町の不良少年がテキヤの商いをするという、みずから流れ者になっている男だ。

今は時勢が荒んではいるけれど、多くの人が会社員となったり家業を継いだりして、死ぬまでが想像できてしまう生活に入るものだ。その日常は冒険がない代わり、安定した人生設計ができる。それはかけがえのないもので、多くの人がそうやって暮らしていっているのに、みすみす安定から脱落していく者たちはついていない、危うい星の下に生まれているのかもしれない。そんな上手く立ち回れない人間たちに対し、森崎映画は優しい。

森崎東の作品がフィーチャーするのは、一般的には非日常な仕事や暮らしを営む人々で、それは昔から周縁に広がっていた最後の手段的な社会といえる。ドロップアウトしても、気力さえあるうちはなんとか生きることの出来る場所。それは表の世界からは封をするように隠され、福祉の手が十分に行き届かなかったりする。福祉というのも表社会のルールに則って得られるものだから、周縁の社会に寝起きする暮らしの中では、不器用で保護を受けることすら難しい断絶もあるのだ。我々の生活と重なりながら別の層を作る、そんなマージナルな土地で猥雑に生きる人々を捉えたのが、森崎東の映画だった。

※森崎東の崎は立つ崎(たつさき)が正式表記
※ページトップの写真は「ペコロスの母に会いに行く」撮影時のもの

森崎東のお薦め映画6本

「喜劇 女は度胸」(1969年)

松竹の脚本家としてキャリアを積んでいた森崎が、40歳を過ぎてから発表した監督デビュー作。「男はつらいよ」の脚本をともにした山田洋次が原案を手がけ、主人公の兄を演じた渥美清が寅さんとはひと味異なる破天荒な一面を見せる。主人公は怠け者の父と横暴な兄に囲まれ、理想とはほど遠い「家庭」に嫌気がさしている純情青年・学(河原崎建三)だ。ある女性との新生活を夢見る学だったが、彼女にプレゼントしたはずの詩集を兄が持っていたことから、ある疑惑を抱き始め……。登場人物が勢ぞろいする終盤のドタバタは、家族の価値観を根底からひっくり返す“笑劇”展開。倍賞美津子、沖山秀子、清川虹子という女性陣が圧倒的な存在感を放つ。

「喜劇 女は男のふるさとヨ」(1971年)

小説「わが国おんな三割安」を原作に、ストリップの踊り子たちが共同生活する新宿芸能社を舞台にした喜劇「女」シリーズ第1弾。貧しいけれどたくましいダンサーたちが、人情に厚い経営者夫婦の“家族”としてパワフルに生きる姿を描く。血のつながらない擬似家族の形成と連帯は、森崎がこだわり続けた主題の1つ。中村メイコ演じる肝っ玉母さんがヤクザにさらわれた“娘”のため、肥溜のドラム缶を敵陣のバーに放り込む序盤からして笑いと怒りのテンションが尋常ではない。倍賞美津子の元気と緑魔子の健気な魅力が光る1本。シリーズはその後、森崎監督で「喜劇 女生きてます」「喜劇 女売り出します」「女生きてます 盛り場渡り鳥」の3作が製作された。

「生きてるうちが花なのよ死んだらそれまでよ党宣言」(1985年)

旅回りのヌードダンサー、全国の原発を渡り歩く下請け労働者“原発ジプシー”、原発ジプシー相手の娼婦、フィリピンからの出稼ぎ女性、修学旅行積立金の強奪未遂を起こした少年少女たち、教職を追われた落ちこぼれの中学教師──庶民という言葉ではくくれない社会のはみ出し者たちのバイタリティあふれる姿を描いた森崎映画の真骨頂にして代表作。沖縄や原発、“ジャパゆきさん”など社会的・政治的な主題をラディカルに捉えつつ、コメディあり、アクションあり、メロドラマありと一言では説明できない筋書きが魅力。倍賞美津子と原田芳雄を中心とした”ごった煮”の人間賛歌は、のちの「ニワトリはハダシだ」にも引き継がれた。

「女咲かせます」(1987年)

結城昌治の小説「白昼堂々」を原作としたコメディメロドラマ。松坂慶子演じる女泥棒・豊代のデパート売上げ金強奪計画と恋の転末を描く。同じ下宿に住むチェロ弾きの貧乏青年・三枝(役所広司)に恋した豊代は、泥棒稼業から足を洗うことを決意。一世一代、最後の大勝負に出る。デパートを縦横無尽に駆け巡るはちゃめちゃな強奪計画がひたすら楽しい。片や新幹線のホームで貧しかった幼少期の身の上を語る豊代の姿は一見の価値あり。「アタシ、泥棒しようと思ってしたんじゃないんです」──松坂慶子の泣きの演技が胸にズシンと響く1本。冒頭からラストに至るまで、時折響くチェロの音色も美しい。

「美味しんぼ」(1996年)

原作は言わずと知れたグルメマンガの金字塔。三國連太郎と佐藤浩市の父子が、確執のある親子役で共演し注目を集めた。ライバル同士の新聞社が文化遺産となるべき食を決める「究極のメニューVS至高のメニュー」と題した企画で社のメンツを賭けた勝負に。一介の新聞記者とは思えない料理の腕前を披露する息子・山岡士郎(佐藤)と、食で人々に感動をもたらす稀代の美食家である父・海原雄山(三國)が火花を散らす。料理バトルの醍醐味をこれでもかと堪能できる娯楽作である一方、確執の原因となった母の死と映画オリジナルの煮豆にまつわるエピソードが深く胸を打つ。終盤、2人が並んで歩く長回しは必見。

「ペコロスの母に会いに行く」(2013年)

岡野雄一のエッセイマンガをもとに、中年サラリーマンの認知症を患った母の介護体験をユーモラスに描いた遺作。当時85歳の森崎は自身も認知症を発症していることを知りながら、故郷・長崎での撮影に臨んだ。「ボケるとも、悪かことばかりじゃなかかもしれん」──介護や認知症の問題をネガティブな側面だけでなく前向きに見つめた視点が光る。母みつえ役の赤木春恵は89歳にして映画初主演。みつえが薄れゆく記憶の中で、ある歌を自力で呼び起こすシーンは得も言われぬ感動を呼ぶ。息子役は岩松了。第87回キネマ旬報ベスト・テンでは日本映画1位を獲得している。

追悼特集 森崎東党宣言!

2020年11月21日(土) ~12月11日(金) 東京都 シネマヴェーラ渋谷
<上映作品>
「ペコロスの母に会いに行く」
「ニワトリはハダシだ」
「ラブ・レター」
「夢見通りの人々」
「女咲かせます」
「生きてるうちが花なのよ死んだらそれまでよ党宣言」
「ロケーション」
「黒木太郎の愛と冒険」
「喜劇 特出しヒモ天国」
「街の灯(1974年)」
「野良犬(1973年)」
「藍より青く」
「女生きてます 盛り場渡り鳥」
「生まれかわった為五郎」
「喜劇 女生きてます」
「喜劇 女は男のふるさとヨ」
「喜劇 男は愛嬌」
「喜劇 女は度胸」
特別上映「喜劇 女売り出します」(国立映画アーカイブより)
ドラマ「田舎刑事」第3話「まぼろしの特攻隊」
ドラマ「天皇の料理番」第1話「カツレツと二百三高地」
ドラマ「帝銀事件 大量殺人 獄中三十二年の死刑囚」

※記事初出時、特集上映作品のリストに不足がありました。お詫びして訂正します。

森崎東 略歴

1927年11月19日生まれ、長崎県島原市出身。日本が敗戦を迎えた翌日、割腹自殺した海軍少尉候補生の兄・湊の死に衝撃を受ける。京都大学在学中は学内新聞に所属しながら政治活動に傾倒。この頃から進路として映画業界を意識し、1956年に松竹京都撮影所に入社する。助監督を務めていたが、1965年の京都撮影所閉鎖に伴い、松竹大船撮影所の脚本部に移籍。山田洋次監督作「吹けば飛ぶよな男だが」「男はつらいよ」などの脚本に参加した。1969年には「喜劇 女は度胸」で監督デビュー。1974年以降は松竹を離れ、フリーの監督として映画のほか多くのテレビドラマを手がける。1980年代は渡瀬恒彦と夏目雅子を主演に迎えた「時代屋の女房」をはじめ、西田敏行主演「ロケーション」、倍賞美津子主演「生きてるうちが花なのよ死んだらそれまでよ党宣言」などを発表。2004年公開作「ニワトリはハダシだ」は第54回ベルリン国際映画祭フォーラム部門に招待され、第17回東京国際映画祭では最優秀芸術貢献賞を受賞。遺作となった2013年公開の「ペコロスの母に会いに行く」は、キネマ旬報ベスト・テンの日本映画1位に選ばれた。キャリアを通して計25本の劇場公開映画を監督している。

※森崎東の崎は立つ崎(たつさき)が正式表記

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