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NUMBER GIRL、“懐かしさ”と無縁の復活劇 日比谷野音公演を観て感じたこと

リアルサウンド

19/9/11(水) 7:00

 2019年8月18日、日曜日の夕方。NUMBER GIRLのライブを17年ぶりに観た。

(関連:NUMBER GIRL、ELLEGARDENも バンドが復活するのは休止/解散から何年後が多いのか調査

 最近、ライブはどうにも到着が開演ギリギリなことが多くなってしまっていたが、この日は開演までまだ45分ほどもあろうかという頃に、かなりの余裕を持って入場。ビールなど飲み、夏の都心の夕方の野外の雰囲気を堪能しつつ、開演を待った。そもそも、そのくらいの心の準備を一つずつ積み重ねでもしないと、何度NUMBER GIRLが復活するといわれたところで、当日に至ってもあまりにまだまだ信じられなくて、気持ちが整わず、テンションを持っていけるかどうか不安なほどだったのだ。いつまでたってもピンと来ない。実感がない。そのくらい、自分にとっては“復活”から最も遠い存在だったのが、かつてライブがあるたびに足繁く現場へ通っていたNUMBER GIRLだったというわけだ。しかし、開演が近づき段々と野音の座席に人が増えてくると、想像以上に2000年代初頭のライブハウスでよく見かけたような観客たちが大挙して来ていることがわかり、どんどんテンションが上がってくるのを自分でも感じた。「生きていたんだね!!」と互いを称え合うような気持ちである。

 開演時間を5分ほど過ぎた頃、Television「Marquee Moon」のイントロが日比谷野音に流れメンバーが登場すると、自分の近くにいた誰かが「本物だ」と言っているのが聞こえ、ハッとさせられた。この日の野音には、かつてNUMBER GIRLのライブを見たことがある人と、初見の人と、それぞれどのくらいいたのだろうか。

 彼らのインディーズでの1stアルバム『SCHOOL GIRL BYE BYE』に収録されている「大あたりの季節」から緩やかに始まったものの、以降は「鉄風 鋭くなって」「タッチ」「ZEGEN VS UNDERCOVER」と容赦なく畳み掛けてくる4人の演奏に、野音全体がどんどん引き込まれていくのが会場全体の熱や振動で感じ取れた。5曲目の「OMOIDE IN MY HEAD」が終わる頃、この17年分の時差ボケが完治したかの如く、何かが自分の中でカチっと音を立ててはまったような感覚を覚えた。そこからはひたすらに“今”のNUMBER GIRLへと、初見組も古参ファンも同等にのめり込む心地よさに、完全に身を委ねた。

 1999年に「透明少女」を『ミュージックトマトJAPAN』(テレビ神奈川)というミュージックビデオを30分間流す番組で知った私は、当時高校3年生で大学受験に本格的に向かっていく時期だった。夏期講習の合間に録画しておいた第1回目の『RISING SUN ROCK FESTIVAL』のライブ映像を観つつ、「ああ早よ大学入って心置きなくNUMBER GIRLのライブに行きまくりたいぞ……」と受験に挑んだ。そして2000年から2002年までの3年間、本当によく彼らのライブに通い詰めたものだった。彼らが解散した時に21歳だった私は、気づけば37歳になっていた。ちょっと意味がつかめないほどの長い時間である。

 その後、2003年にはTHEE MICHELLE GUN ELEPHANTが解散。個人的にはそれ以降、バンドが20年以上続く、解散があまりない時代になってきたように思っている。当時、NUMBER GIRLは“たったの”7年間(1995~2002年)しか活動をしておらず、その後、じつに“17年”もの時間が経過したという事実には、正直愕然とするしかなかった。今も活動し続けているバンドの“20周年”を多く経験している昨今において、今回のNUMBER GIRL復活は“続くこと”の価値とは全く別の、不在ゆえに際立つ存在価値について考え直すきっかけにもなっている。“懐かしさ”と無縁の復活劇。この長き不在が際立っていたゆえんとは何なのか、少しは理解できた夜だったようにも思う。

 ライブを見るまでは「私たちはもうNUMBER GIRLを観ることは一生ないだろうし、それでいい」などとたかをくくっていたのだ。言ってしまえばそれは、陳腐な感傷のようなものだったのだと思う。けれども、彼らがいる2019年において、それはあまりにもばかばかしかったと気づかされてもいる。かつて活動した期間が短いこともあり、伝説のように扱われることも多い。一方で神格化されすぎてるな、とも感じていた。そういう部分を、4人は自らの手で塗り替えるべく戻ってきた。しかも「稼ぎてえ」と言いながら向井秀徳はNUMBER GIRLを再始動させた。あの、冗談と本音の境目が曖昧で、洒落の効いた、あの向井秀徳こそが、私たちが熱狂していた姿だったわ、と笑えた。

 日比谷野外音楽堂という、座席のある環境で彼らのライブを観られたことも、今回とても貴重な体験だった。「NUMBER GIRLってこんなにも、音そのものがかっこよかったのか」とあらためて痛感できたからだ。かつてライブハウスの空間であれだけの熱狂を生み出す壮絶な演奏を構成していたのは、間違いなく彼らの緻密な音作りだったのだという事実を理解できたような気がして嬉しかった。また、これまでにもたくさんのライブを日比谷野音で観てきたものの、こんなにロックバンドの音にかける思いと、それが都心の空へ鳴り渡る気持ち良さを豪奢に味わったのは初めてだったように思う。そのくらい抜群に、キレの良い音のライブだった。

 田渕ひさ子(Gt)のトレードマークとでもいうべき水色のTシャツ、角度にして17度から47度くらいまでの、ジャズマスターに合わせてしなる身体の傾き。ベースアンプの調子が悪くなろうとも流れは全く崩さぬ中尾憲太郎 45才(Ba)。「アピートイナザワンテ」とメンバー紹介されるアヒト・イナザワ(Dr)。グッときたポイントを挙げればキリが無いが、日本映画の寸劇を挟みつつも向井秀徳は今回、かなり丁寧に歌っていたようだった。そこにまた復活の喜びを噛み締められたようにも思う。やはりこんなバンド、2003年から今まで他にはみなかったし、今また初めて彼らに出会えている人がいること、そして、見事にファンの独特の前のめり具合が復活していたのもとても良かった。

 お盆の都心、日比谷野音付近のコンビニから缶のお酒類がなくなるほどの祭りムードに満ちていた。周辺には音漏れを楽しむべくやってきた人々もいて、もはや“NUMBER GIRLピクニック”といった様相だった。終演後に付近ですれ違った、おそらく外で音漏れを聴いていたのであろう男性ふたりはいい感じに酔いが回っており「いやあ、金じゃなくさ、熱意を測ってほしい!!!」と笑いながら歩いていた(熱意なら誰にも負けないくらいある、だからライブを音漏れだけでなく観たかった、という意味だろう)。この『TOUR「NUMBER GIRL」』はここからまだ大阪、博多、名古屋と続く。そして終演後には全国ツアー『逆噴射バンド』も発表に。“一夜限りの”ではなく、我々の世界に今、NUMBER GIRLが戻ってきたのだ、という喜びをひしひしと感じるような一夜だった。(鈴木絵美里)

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