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『私の家政夫ナギサさん』が切り込む新たな“呪い” 『逃げ恥』と異なる目線で家事を見つめる

リアルサウンド

20/7/8(水) 12:10

 火曜ドラマが、新たな呪いにスポットライトを当てた。新型コロナウイルスの影響によって4月放送開始が延期になっていた『私の家政夫ナギサさん』(TBS系)。混乱の時期を経て、7月7日に第1話をオンエアした。

参考:多部未華子が同性からも愛されるワケ デビューの頃から変わらない“目”と等身大の演技がカギに

■家事をキーワードにあぶり出す、現代女性の“呪い”
 新ドラマの収録が難しい期間、放送されたのが『逃げるは恥だが役に立つ』(以下、『逃げ恥』)だった。奇しくも、2つのドラマに共通しているのが、家事代行サービスから家事という仕事を見つめる展開だ。

 『逃げ恥』では、主人公・みくり(新垣結衣)が家事代行サービスからヒントを得て、就職先としての契約結婚を提案。家事を時給換算し、その給料を雇用主となる夫・平匡(星野源)から受け取る。主婦=家事という仕事を手がける従業員として見ることで、夫婦になるとつい見落とされがちな「やりがい搾取」にも着目。“女性がやってくれて当たり前のもの”ではなく、家事はひとつの仕事であることを世の中に提示した。

 一方、『私の家政夫のナギサさん』では、『逃げ恥』とシチュエーションが男女逆転。主人公・メイ(多部未華子)が家事に手が回らず、ナギサさん(大森南朋)が仕事として家事を手がけるのだ。家事代行サービスを担うのが男性になると、また見えてくるものが変わってくる。

 「お母さんになりたいなんて、くだらないこと言わないで」「男の子に負けない仕事のできる女性になって」。そんな母の期待を受けて、バリバリと仕事をこなすMRとなったメイ。持ち前の頑張り屋な性格から、優秀社員賞にも輝き、若くしてチームリーダーにも抜擢される。仕事は順風満帆。

 ところが、その忙しさゆえに部屋は荒れ放題。ベッドの上は洋服だらけで、寝床はソファに。届いた通販の箱を開ける暇もない。そんな生活を見かねて、28歳の誕生日に妹がプレゼントとして送り込んだのが、エリート家政夫のナギサさんだった。

 最初のうちは知らないおじさんが部屋に入ることに抵抗を抱いたメイ。しかし、ナギサさんの確かな仕事ぶりに感心。そして、ついこんなことを聞いてしまう。「それほど仕事ができるのに、なぜ家政夫なんかに?」。それはメイの中に、母の言葉がすっかり染み付いていることを表す。家事なんて仕事のうちに入らない、誰にでもできるつまらないこと、だと。

 しかし、ナギサさんは「お母さんになりたかったから」と、小さいころのメイと同じ言葉を用いて、家事という仕事に対して誇りを持って取り組んでいることを語る。掃除や料理を通じて誰かの役に立つことに、心からやりがいを感じているナギサさん。メイは確かに自分の中に「呪い」があることを自覚するのだが、それにどう対応していいのかまだわからない。

■強く願うあまりに、生まれる新たな“呪い”
 長らく日本では、女性は年頃になったら結婚して主婦になり、子どもを産み、育て、お母さんになるのが一般的な時代が続いた。それは多くの女性が他の道を選ぶことが難しいということでもあった。そこから数十年かけて、女性も自分で好きなキャリアを描くべきだと、様々な人が立ち上がり今では様々な場所で女性が活躍。ドラマ制作の現場も然りだ。

 ところが、かつての女性たちが叶えられなかった自由なキャリア選択を、次の世代にさせてあげたいと願うあまり、新たな呪いが生まれた。それが、家事という仕事を「目指してなるべきものではない」とする風潮だ。何かを叶えたいと強く願うあまり、見落としてしまうものがある。それを尊い仕事と見ている人もいること。家事を天職だと呼べる適性を持った人もいるのだということ。

 「これが正しいことだ」と信じてやまないときこそ、広い視野を見失う。それは、ちょうどメイが自分の担当新薬を医師に契約してほしいと躍起になり、その薬を使う患者まで想像が及ばなかったように。世の中は、光が当たれば影が落ちるもの。できるだけ俯瞰してみることが大切だ。そのキッカケになるのが、こうした時代を映すドラマを観る時間なのかもしれない。

■ときには、誰かの手を借りられる社会に
 そして、この火曜ドラマに本物の家事代行サービスを営む会社がスポンサードしているのもニクイではないか。男性だって女性だって仕事を一生懸命やれば、家事に手が回らなくなるのは当然だ。かつて女性が当たり前のようにやっていたからといって、外で働くようになった女性にも「やって当然」と押し付ける風土がまだまだ抜けないと聞く。または、女性自身がそうした思い込みを拭い切れずに、自分を追い込んでしまうことも。

 とにかく、アラサー女性は忙しいのだ。大学を卒業するのが22歳。必死で仕事を覚え、自分のペースを掴みだすのが20代後半。ところが、周囲には女性の多くは30歳までに結婚、できれば第一子を産んだほうがいいという情報が溢れている。そうなると30歳で出産するためには、逆算すると29歳のうちに妊娠、28歳のうちに結婚、その前にいくつかの季節を共に過ごして相性を見極めたいから、さらにその前に相手と出会ってなければ……「そんな時間はない!」というのがアラサー女性たちの心の叫び声ではないだろうか。

 仕事は「やればできる」と言われ、結婚は「早くしないと」と急かされ、そこに「家事もできなきゃダメ」なんて、それはキャパオーバーになってしまう人が続出するのも頷ける。ならば、プロのサポートを受けることも一つの手。それを怠けているなんて見られるのではなく、賢い選択という認識になるように。そして、その道のプロとして活躍している人が、男性でも女性でも、その他のどんな性でも尊重される社会であってほしいと願うばかりだ。

 『私の家政夫のナギサさん』は、そんな現代社会の家事を取り巻く呪いに真摯に向き合いながら、その肌触りは洗いたてのタオルのようにソフトなラブコメタッチ。クスッと頬を緩めながら、家事をしてくれた人に感謝を、家事をした自分に称賛を。そんな少し優しい気持ちになる火曜の夜が、これから続くと思うと実に楽しみだ。

(文=佐藤結衣)

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