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KAMIJO×國分功一郎の異色対談 ヴィジュアル系はいかにして海外で支持を広げてきたか

リアルサウンド

14/3/30(日) 8:00

20140329-kamijo.jpg左、KAMIJO、右、國分功一郎。東京・某所にて。撮影:逸見隆明

 ヴィジュアル系バンドLAREINE、Versaillesのヴォーカリストとして活躍した後、2013年12月にソロでメジャーデビューを果たしたアーティスト、KAMIJO。スピノザやドゥルーズなどを研究する哲学者で、2011年10月に発表した著書『暇と退屈の倫理学』が異例のベストセラーとなった國分功一郎。一見すると接点のない二人であるが、國分はフランス留学中に現地のヴィジュアル系人気を目の当たりにし、VersaillesやKAMIJOの活動にも注目してきたという。今回の対談では、それぞれの視点から見たヴィジュアル系のユニークさ、特異性について語り合ってもらった。(編集部)

「ヴィジュアル系って極端な話、ブサイクだったら化粧をすればよい」(KAMIJO)

國分:僕がちょうどフランスに留学していたのが2000年から2005年で、当時僕の周りには日本語を勉強するフランス人学生が沢山いたんです。彼らはとにかくみんなヴィジュアル系が大好きなんですよ。向こうでも「Visualkei」って言うんですよね。一緒にカラオケに行くと、僕でも知らないようなヴィジュアル系バンドの曲を歌いまくっているんですよ(笑)。

KAMIJO:それは嬉しいですね。

國分:海外に発信されている文化の中でもヴィジュアル系はすごい普及率ですよね。なので、まずはVersaillesやソロ活動もふくめて海外でのKAMIJOさんの活動の受け入れられ方を聞かせてほしいのですが。

KAMIJO:「日本文化」というカテゴリの中で、「アニメ」と「ヴィジュアル系」はすごくわかりやすい形で海外の方に受け入れていただいていることは、これまでの自分自身の活動からも身にしみて感じてきました。その中でVersaillesはメタルサウンドを基本としていたので、サウンド的なバックボーンもふくめてしっかりと見てもらっていると思います。

國分:Versaillesの演奏は非常に高度ですよね。「おまえら格好だけだろ」みたいなヴィジュアル系への批判ってよくあるじゃないですか。だけど、ヴィジュアル系はX JAPANもそうだったんですけど、格好が常識破りであると同時に、技術もすごかった。

KAMIJO:どっちも負けちゃいけないと思っていました。僕たちがしているのは「音の自分」と「ヴィジュアルの自分」…、常に自分との戦い。両方1番じゃなきゃダメだと。それが相乗効果になっていると思います。

國分:なるほど、いいですねえ(笑)。

KAMIJO:ロックバンドである以上、とにかく目立って曲を聞いてもらわなければいけないじゃないですか。ヴィジュアル系って極端な話ですね、ブサイクだったら化粧をすればよくて、演奏が下手だったら練習すればいい。それはすべて理想を求めているんです。その形が「ヴィジュアル系」だと思っています。理想というのは「見る」ものではなく、それを追い求めて形にしていくもの。アニメもそうじゃないですか。存在しないものを絵に描いて動かすというのは理想の追求ですよね。常に理想を求めていかないと。

國分:しかもそれで海外でも商業的に成功しているわけですからすごいですよね。かつての日本のミュージシャンたちにとっても「海外進出」は大きなテーマだった。当然ヴィジュアル系以前にもそういったケースは無いわけではなく、たとえばハードロックだったらLOUDNESSだったり、VOW WOWも海外で評価を受けています。でもそれは、なんとなく「向こう(米英)に認めてもらう」という感じだったと思います。

KAMIJO:向こうの「ロック」に形を合わせるということですよね。

20140329-kamijo1.jpgヴィジュアル系アーティスト×哲学者という異色の組み合わせながら、話は大いに盛り上がった。

「ヴィジュアル系の海外への出方は、いろいろな分野で参考になる」(國分)

國分:そうなんです。英米の基準に合わせて、認めてもらって…。これはちょっと悪い言い方になってしまうんですが、それは劣等感の裏返しのような気がするんです。あくまでも向こうのルールに合わせて、「自分達だってできるんだ」という主張です。それに対して、ヴィジュアル系のおもしろいところ、すごいところは、これまで「向こう」で作られてきたルールを書き換えてしまっているところです。しかもそれが受け入れられて、ファンを世界中にもっている。これが本当にすごい。

KAMIJO:日本の綺麗なメロディの元をたどると演歌だと考えていて、ああいうメロディは海外のロックバンドはなかなか作れないと思うんです。だから日本の外タレかぶれなロックミュージシャンもそれを恥ずかしくてできないんじゃないかな。しかしヴィジュアル系はそれが堂々とできてしまう。

國分:KAMIJOさん自身は演歌を意識されたりしていますか?

KAMIJO:僕自身のバックボーンはポール・モーリアなんですけど、ポール・モーリアを日本の友人に聴かせると「演歌じゃん」と言われるんですよね(笑)。哀愁のあるメロディというか、音楽的にいうとちょっとしたスケールの差だと思うんですけど。フランスと日本にはそこにも共通点があると思うんです。

國分:KAMIJOさんが影響を受けたミュージシャンにポール・モーリアの名前を挙げているのを読んだ時にはちょっとびっくりしました。

KAMIJO:そうですか?「オリーブの首飾り」を聴くと普通の人は手品が始まると思うんですけど(笑)、「チャラララララ〜♪」って。だけど、僕としてはそのあとのメロディが最高だと思うんです。

國分:Versaillesや今回のKAMIJOさんの作品も聴かせていただきましたけど、過激で激しいところはあるけど、どこか懐かしさがあるんですよね。ヨーロッパのロックミュージシャンだとこういうのは中々考えられないと思うんです。ちなみに、僕らの業界も「哲学」自体がヨーロッパのものですから。向こうから来たものを紹介することを仕事にしているんですよね。それ自体は大切なことなんですけど、日本人の思想家の中でも、海外に売り出していきたいという気持ちを持つ人がいた。ただ、学生の頃なんかにそういう人たちを見ていて、どこか、「外タレかぶれのミュージシャン」と同じような状態に陥っているように僕には見えたんです。西洋の哲学者に対して「オレだって同じことできるぞ」みたいな感じにのっかっていくような(笑)。もちろん日本ですごいことをやっている人はたくさんいるし、僕自身も海外の思想に負けないぞって気持ちでやっているんですけど、そういうやり方じゃあちょっとダメなんじゃないかなと思ったんです。

KAMIJO:僕は英語は全然できないんですね。歌おうと思ったこともあるんですが、それに対して海外のファンの方は僕らには日本語で歌ってほしい、自分たちも日本語でVersaillesの曲を聴きたい、歌いたいという気持ちでいてくれて。海外のファンの方とお話する機会があると、みなさん日本語を勉強されていて、音楽に対しての愛情の注ぎ方が勉強というところにまで向いてるんだなと。すごいなと思いますね。

國分:ヴィジュアル系の海外への出方っていうのは、音楽だけではなくていろいろな分野で参考になると思います。向こうのルールに対して「僕たちもあなたたちが作ったルールで上手く演じられるんですよ!」と主張して認めてもらおうとするのではなく、自分のやりたいことを自由に追求することで、そのルールを書き換えてしまう。やはり自分たちが「面白い!」って思うことを突き詰めるのが大切ですよね。

KAMIJO:面白いこと、大好きですからね(笑)。
(後編【KAMIJO×國分功一郎が語るX JAPANの功績 ヴィジュアル系の「自由」と「品格」とは?】に続く)

(取材・文=藤谷千明/撮影=逸見隆明)

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