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中川右介のきのうのエンタメ、あしたの古典

『AKECHI』は日本版『シャーロック』ともいうべき “名探偵・明智小五郎”の現代版コミック

毎月連載

第7回

19/1/13(日)

『AKECHI』(C)イイヅカケイタ/集英社

 BBCの『シャーロック』を見ていて、「日本で、シャーロックのように、昔のキャラクターを現代社会で活躍させるとしたら誰だろう」と考えたことがあった。 日本の名探偵といえば、明智小五郎と金田一耕助。
 どちらが『シャーロック』のように作れるかといえば、明智小五郎のほうだろう。

 金田一耕助の物語は、「戦後」という時代とあまりにも密着しているので、現代に置き換えるのは難しい。
 その点、明智小五郎が解決してきた事件は、社会の動きとは関係のないところで起きるものが多い。うまくやれば、現代に置き換えられるのではと思っていた。
 すると、テレビドラマや映画ではないが、日本版『シャーロック』ともいうべき、明智小五郎の現代版がコミックで生まれた。

 イイヅカケイタ『AKECHI』である。「ヤングジャンプ」に連載中で、コミックス(集英社刊)の第1巻が12月に刊行されたばかりだ。

 明智小五郎は大正時代末期に25歳前後の青年として登場し、戦後の昭和30年代まで、時代とともに歳をとっていくタイプのキャラクターだ。
 『AKECHI』は舞台を21世紀の現在とし、明智小五郎は青年で、神保町で古書店を営んでいるという設定だ。パソコン、スマホ、時にはドローンまで登場する。このあたりは『シャーロック』と同じだ。

 いまのところ『兇器』と『黒手組』『心理試験』の3作がコミカライズされているが、事件の人間関係やトリックは、乱歩の原作に意外なほど忠実だ。ただ、ストーリーは、換骨奪胎されており、原作のままではない。
 外観はまるで違うのだけど、核の部分は変えないというかたちでのリメイクだ。人が犯罪に走る動機や、その方法というのは、100年くらいでは変わらないのだと分かる。

 横溝正史の金田一シリーズは、いまもよくドラマ化されるが、現代に置き換えるものは少ない。ATG映画『本陣殺人事件』(1975年・高林陽一監督)や、松竹映画『八つ墓村』(1977年・野村芳太郎監督)が時代設定を製作当時の現代にしたが、無理があった。

新派特別公演『犬神家の一族』

 2018年秋には劇団新派が『犬神家の一族』を劇化し、評判になった。
 新派は明治に誕生した時は、文字通り、「新しい」演劇で、当時の「現代」を舞台にした演劇を作っていった。だが、さらに新しい演劇がどんどん生まれると、「明治・大正という昔の物語」の劇団となってしまった。
 レパートリーを拡大しようとして、敗戦直後の時代を舞台にした『犬神家の一族』に挑んだわけだが、70年近く前の物語は、新派によく合っていた。戦後も、新派になるのだ。

 横溝作品は時代と密着しているので、あくまで過去の物語として描かないと、違和感が生じるのだ。

 松竹の『八つ墓村』が作品としては失敗しているのは、現代に移したことで、理知的なミステリをホラーにするしかなくなってしまったからだ。

 現代版・金田一耕助を作るとしたら、横溝正史の原作を使うのではなく、事件も新しいものにする必要がある。しかし、それだと、何のための現代版なのか分からない。

「ヤングジャンプ」を毎週読んで思ったこと

 話が戻って、『AKECHI』だが、集英社で『江戸川乱歩と横溝正史』という本を出したのが縁で、このマンガの解説のようなものを書くことになった。
 そういうわけで『AKECHI』が連載されている「ヤングジャンプ」が毎週届くようになり、他のマンガも読んでいる。

中川右介『江戸川乱歩と横溝正史』(集英社刊)

 いま書いている本の関係で、1950年代のマンガを読む機会が多いが、当時は、1ページを4段に区切り、1段に3コマ、つまり1ページ12コマが基本だった。
 だからこそ、タテに2段ぶち抜きにしたり、1段3コマを横に長いコマにしたりするのが「大胆なコマ割り」だった。
 やがて、「1ページ全体で1コマ」というのを石ノ森章太郎が始め、見開き(2ページ)で1コマも珍しくなくなっていく。
 つまり、どんどん1コマの面積が大きくなり、1ページあたりのコマ数が減った。ためしに『AKECHI』の第10話を数えると、18ページで51コマしかない。1ページ平均3コマだ。セリフのないコマも多く、文字数は少ない。コマが大きい分、絵は緻密だ。

 1コマが大きくなっていく傾向は、電子書籍、つまりスマホやタブレットでマンガを読む人が多くなったことも関連している。小さなコマでは読みにくい。
 また、マンガ雑誌は紙も粗いし、絵なのに、とても美術印刷とは呼べない質なので、作者がせっかく緻密に描いても、紙の上に再現されない。タブレットで見たほうがはるかにきれいだ。
 このように、20年ぶりくらいで、マンガ週刊誌と再会し、いろいろと発見があった。

 ちなみに、「ヤングジャンプ」の連載陣はほとんど名前も知らなかったが、ひとりだけ知っている名前があり、驚いた。
 本宮ひろ志である。『男一匹ガキ大将』でブレイクして50年。まだまだ現役なのだ。驚くべきは、彼の絵がいまの「ヤングジャンプ」のなかで違和感なく、収まっていることだ。時代の変化に対応できている。
 同世代の永井豪もいまも『デビルマン』を描いているが、この2人は、古い物語を新手法で描き続けることのできる才能が突出している。

 人々が楽しむ物語の構造は、時代によって変化する部分は少ない。だが、その描き方は変わる。その変化に対応できる作家が、長続きするのだ。

作品紹介

『AKECHI』

発売日:2018年12月19日
著者:イイヅカケイタ
集英社刊

新派特別公演『犬神家の一族』

日程:2018年11月14日~25日
場所:新橋演舞場
原作:横溝正史
脚色・演出:齋藤雅文
出演:水谷八重子/波乃久里子/河合雪之丞/喜多村緑郎/浜中文一/佐藤B作/瀬戸摩純/春本由香/田口守

『江戸川乱歩と横溝正史』

発売日:2017年10月26日
著者:中川右介
集英社刊

プロフィール

中川右介(なかがわ・ゆうすけ)

1960年東京生まれ。早稲田大学第二文学部卒業後、出版社アルファベータを創立。クラシック、映画、文学者の評伝を出版。現在は文筆業。映画、歌舞伎、ポップスに関する著書多数。近著に『海老蔵を見る、歌舞伎を見る』(毎日新聞出版)、『世界を動かした「偽書」の歴史』(ベストセラーズ)、『松竹と東宝 興行をビジネスにした男たち』(光文社)、『1968年』 (朝日新聞出版)、『サブカル勃興史 すべては1970年代に始まった』(KADOKAWA)など。

『サブカル勃興史 すべては1970年代に始まった』
発売日:2018年11月10日
著者:中川右介
KADOKAWA刊

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