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蒼山幸子、沙田瑞紀、佐藤千亜妃……新たな表現に向かう女性アーティストの現在地

リアルサウンド

19/12/29(日) 8:00

 これまでバンドの一員だったミュージシャンが、解散や活動休止を経てソロや新プロジェクトに移行する流れはごく自然だ。2019年も多くのバンドが惜しまれつつもその活動を止めたが、次の場所に向かい始めたメンバーもいる。ここではそんなソングライターたちが2019年中に届けてくれた作品を紹介する。

(関連:ねごと、最初で最後のベスト盤は“進化のドキュメント”に 収録曲からバンドの歩みを辿る

 7月20日に解散したねごと。歌声と鍵盤でバンドを印象づけていた蒼山幸子は2018年から弾き語りを本格始動させ、アニメ映画『GODZILLA』シリーズ主題歌の作詞も行うなどソロ/作家的な一面もあるミュージシャンだった。2019年11月に開催した初のソロワンマンの会場で販売された1st EP『まぼろし』は、12月9日からは通販/配信でもリリースされている。

 M1「まぼろし」は自ら演奏するピアノと歌声のみで構成され、“ひとり”を強く意識させる楽曲。〈夢の中で微笑んだ ひとときが嘘みたい〉という、ねごととしての活動を終えた余韻を思わせるフレーズをまじえながら、ソロ活動への決意が綴られている。その柔らかな聴き心地はグルーヴィーに横揺れを誘うM3「ミューズ」や、神秘的な音像のM5「silence of light」などでも一貫している。M2「バニラ」は勇ましいシンセが炸裂するアッパーなナンバーだが、詩世界は他曲と同じく繊細であり、丁寧に言葉が組み上げられている。

 何かに追われることなく自然に生まれた蒼山のメロディや言葉。今作を編曲やプログラミングで聴き手の心に馴染ませるための手助けをしたのは、シナリオアートのハヤシコウスケ(Gt/Vo)。その他の演奏陣も楽曲に寄り添うよう的確に登用されている。メンバーの個性のぶつかり合いが面白みであったねごとの作品から一転し、『まぼろし』はプロダクションの全てを自らの美学と人選でコントロールして作られたようだ。蒼山の脳内に広がる音世界をナチュラルな状態でパッケージした、彼女のアーティスト性が息づいた1枚だ。

 蒼山と並んでねごとのコンポーザーだった沙田瑞紀は、アーバンソウルバンド、eckeおよびロックバンド、SYMBOLのドラマー・sugawaraと新ユニット・miidaを結成した。沙田はねごとの活動後期にダンスミュージック路線を牽引したほか、既発曲のリミックスも多く手掛けており、元よりデスクトップでの音楽制作に長けたメンバーであった。miidaもまた、断片的ではあるがYouTube上で打ち込み音源を多く公開している。

 しかし、11月15日に配信されたのはギターと鍵盤の彩りが豊かな「grapefruit moon」で意表をつかれた。一方、12月20日に配信された「Blue」は小気味よい電子音で高揚感を煽る楽曲で、これまたタイプが異なる。そしてねごと楽曲では主にコーラスに徹していた沙田が、両曲ともでしなやかな歌声を披露していることに驚いた。miidaの公式noteで沙田は「歌モノを作りたい!という気持ちで作ったわけじゃなく、自然と出来てきた曲です。いろんな曲を作ろうと思います」と記しており、彼女も蒼山同様に生活の中で生まれた音をDIYで形にしている。とはいえ、気楽でリラックスしただけの制作になったわけではない。noteの別日の投稿ではボイストレーニングに通っていることを明かしたり、「たったひとりでもいいから深く刺さるような、愛がこみあげるような楽曲を作りたい」とも述べている。ねごと時代も職人気質だった彼女は、フリーランスになっても魅力的な音楽を誠実に作り続けている。

 5月27日に活動休止を発表したきのこ帝国。ソングライターである佐藤千亜妃は、11月13日にソロ名義での1stフルアルバム『PLANET』をリリース。2018年の1st EP『SickSickSickSick』は砂原良徳をプロデューサーに迎えたエレクトロニカの質感を取り入れた作品だったが、本作にはジャンルレスで自由度の高い楽曲が詰まっている。

 オープニングから04 Limited Sazabysによる爽快なバンドサウンドと共に夢に向かう姿を鼓舞する「STAR」なのだから、前EPとの差異は明白だ。M2「FAKE/romance」は跳ねるビートとキュートな歌声がインパクト大なダンスポップ。M3「空から落ちる星のように」は、たおやかな歌声を響かせる弦の音色が美しいバラード。頭3曲だけでもバラエティに富んでおり、良質なプレイリストの側面を持つ作品だ。

 アウトプットがソロに絞られたことで、バンドで培ってきた作風を内包することになったのも本作の魅力だ。陰鬱な感情を演奏に込めていた初期きのこ帝国の姿は「面」や「大キライ」に見え隠れしている。2015年の『猫とアレルギー』で導入したピアノ/ストリングスの装飾は、先述の「空から~」や後半を飾る「キスをする」にも繋がるものだ。2016年の『愛のゆくえ』辺りから顕著になった艶っぽい歌い回しの延長上に、管楽器をフィーチャーした「You Make Me Happy」「Spangle」で活きるソウルフルな歌声がある。『PLANET』はきのこ帝国の活動を経たからこそ成せた表現が散りばめられているのだ。

 今回紹介した3人のソングライターは、これまでとは一味違う表情を持つ新曲をどんどん届けてくれている。そのどれもがバンドでの活動や表現があったからこそ選び取れた音楽であることは確かだ。次にどんなアプローチを仕掛けてくるか未知であり、多様な可能性を含んだ楽曲ばかりなのも興味深い。主導権を握り、伝えたい音楽を紡ぐそれぞれの現在地。その動向から2020年も目が離せない。(月の人)

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