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水先案内人のおすすめ

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音楽は生活の一部、映画もドキュメンタリー中心に結構観ています

佐々木 俊尚

1961年生まれ フリージャーナリスト

ブルー・バイユー

こんなに悲痛な映画はこれまで観たことがなかったほどだ。 韓国に生まれ、3歳でアメリカ人の夫婦に養子で引き取られて以来ずっとアメリカで育ち暮らしているアントニオが主人公。いっしょに暮らしている白人妻と彼女の連れ子との3人で貧しいながらも幸せに暮らしていたが、あるとき警察に拘留されてしまう。妻の元夫は白人で警官で、暴力的なその同僚警官ともども“なんとも嫌なヤツ”に描かれている。彼らに嫌がらせを受けて抵抗したら逮捕されてしまったのだ。そしてアントニオはアメリカに来た時に市民権の手続がされていなかったことが判明し、一度も行ったことがなく言葉もわからない韓国への強制送還が決まる──。 監督と主演をつとめる韓国系アメリカ人ジャスティン・チョンの演技がすばらしい。激情を表に出すことはほとんどなく、いつも悲しそうな顔をしてたたずんでいる。その静的な悲しみの表出は日本人にもなじみの深いもので、とても共感できるだろう。 「ブルー・バイユー」というタイトルは1963年にロイ・オービソンがつくりリンダ・ロンシュタットの70年代のカバーで知られる名曲から来ている。バイユーは、作品の舞台にもなっている南部ルイジアナにある低湿地帯の小川のことだ。劇中、アントニオの妻(『エクスマキナ』でアンドロイドを演じたアリシア・ヴィキャンデルが好演してる)が歌うシーンがある。 「わたしは何があってもいつかブルー・バイユーに戻っていく そこでは毎日きみが眠り、ナマズが遊んでる 目に入るのはたくさんの漁船が帆を上げ進んでいく姿ばかり 眠い目でありふれたあの朝焼けが見られるだけで それだけで幸せなんだ」  強制送還の日が迫り、涙を流し叫ぶのでもなく、ただ悲痛な顔をしてたたずみ妻の歌を聴いているアントニオ。この悲痛なシーンに触れるためだけでも本作には観る価値がある。

22/1/27(木)

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