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水先案内人のおすすめ

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文学、美術、音楽など、映画とさまざまな構成要素に注目

高崎 俊夫

1954年生まれ フリー編集者、映画評論家

グッド・ワイフ

『ROMA/ローマ』が、1970年初頭のメキシコのある中流家庭の孕む危機を家政婦の視点からマジック・リアリズム風に描いたとすれば、本作は、その10年後、80年代の爛熟した高度資本主義を謳歌するメキシコの上流階級の女性たちの虚栄に満ちた生態を暴いたシンラツ極まりないカリカチュアといえるだろうか。 冒頭、並立する鏡に映る複数のドレスアップした自らの形姿にナルシシスティックに微笑む主人公ソフィア(イルセ・サラス)を眺めていると、オーソン・ウェルズのフィルム・ノワールの傑作『上海から来た女』(47)のクライマックス、幻想的な鏡の間の銃撃戦で息絶えるファム・ファタール、リタ・ヘイワースを思い浮かべてしまう。ああ、このヒロインは、今がまさに栄光の絶頂で、あとはとめどない失墜に身を委ねるほかはないのだというイヤな予感が走るのである。実際、すぐさま経済危機がメキシコを襲い、無能な夫が引き継いだ会社は経営破綻し、ソフィアは君臨していた上流階級のサークルからあっさりと滑り落ちていく。 アレハンドラ・マルケス・アベヤ監督は、ソフィアが身にまとう色彩豊かなファッション、プール、テニスコート等の空間設計など、画面の隅ずみまでコントロールされた巧緻をきわめた視覚的スタイルで、ヒロインを情け容赦なくジワジワと追い込んでいく。その冷徹なタッチは、なまなかな感情移入を拒むという点において、『ブルージャスミン』(13)でケイト・ブランシェットを突き離すように描いたウディ・アレンを思わせるほどだ。しかし、この過剰に走らない戯画化の果てに、屈辱にまみれたソフィアの内部で何かが<生成変化>したかにみえる。その予兆のようなニュアンス、感触が伝わってくるのが、『グッド・ワイフ』の美点にほかならない。

20/7/8(水)

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