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水先案内人のおすすめ

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注目されにくい小品佳作や、インディーズも

吉田 伊知郎

1978年生まれ 映画評論家

オーシマ、モン・アムール

『日本春歌考』 4/17〜4/23 シネマヴェーラ渋谷「大島渚全映画秘蔵資料集成」刊行記念 オーシマ・モン・アムール」(4/3〜4/23)で上映   公開中の『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』で驚かされたのは、リブートされた一連の新劇場版だけでなく、TVシリーズ、旧劇場版も含めて完結に導いていたところで、24年前の春と夏にわたって盛り上がった旧劇場版を懐かしく思い出した。 旧劇場版こと『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air/まごころを、君に』のラストシーンが、大島渚の『日本春歌考』のラストに酷似していることは当時から指摘されていたが、筆者はビデオでせっせと旧作邦画を手当り次第に観ていた頃で、ATGの大島映画を観てしまうと、次は同時期に松竹と提携して撮った『帰って来たヨッパライ』や『日本春歌考』を観ていた最中だったので、エヴァと大島作品が結びついた衝撃は大きかった。 では、当時の庵野秀明が大島渚を観ていたかと言えば、TV版・旧劇場版をプロデュースした大月俊倫は否定する。ただし、TV版の最終話をどう決着させるか迷っていた時期の庵野に、大島のTVドキュメンタリー『青春の碑』の話をしたところ、これで出来ると喜んだという。同作には文字をインサートした印象的な場面があり、それがヒントになったのではないかというのが大月の見立てである。こうした例からしても、『日本春歌考』とエヴァは、あながち無縁とは言えない。 大島渚と庵野秀明は一度だけ顔を合わせたことがある。その席で東京の風景が話題に上がった。大島が1968年の新宿を『新宿泥棒日記』で描いたように、庵野も1997年の渋谷を『ラブ&ポップ』で撮っており、共に同時代の東京の風景を鋭敏な感覚で映し出していただけに、この対談は風景をめぐる両者の資質の違いが明らかになる面もあり、ひどく面白かった。 実際、『青春残酷物語』『小さな冒険旅行』『東京戦争戦後秘話』などの大島作品は〈東京風景映画〉と言って良い。そのなかでも、『日本春歌考』が映す東京が最も奇妙かつ美しく、何度観ても飽きさせない。映画の冒頭に映る奇妙な三角形の建物は、1960年に竣工した学習院大学のピラミッド校舎だが、この学校を受験した前橋の高校生たち――荒木一郎、串田和美、吉田日出子、宮本信子ら――が、東京住まいの教師(伊丹十三)に合流して居酒屋で一夜を共にする。そこに至るまで、男子高校生たちは雪の降り積もった街を歩き回る。この雪の東京が素晴らしい。大島映画の雪は『少年』にしても何とも寒々としており、本作ではそんな雪におおわれた御茶ノ水の聖橋を経て、山の上ホテルを下った道で、黒い日の丸を掲げたデモと遭遇する。これは、本作が撮影された1967年から実施された建国記念の日を反対するデモである。 黒い日の丸は、『少年』にも大々的に登場するが、美術監督・戸田重昌によって本作で初めて持ち込まれたものだ。雪の街に忽然と姿を現す黒い日の丸は、国家への眼差しを秀逸に表現したもので、映像としての効果も絶大である。 このときのデモ(先頭は渡辺文雄、小松方正、観世栄夫ら大島映画の常連である)に、伊丹と恋人の小山明子が参加していることに気づいた高校生たちは後をつけ、伊丹と別れた小山がビルに入っていくのを追いかける。このビルが竹橋のパレスサイド・ビルディングである。後半では荒木と小山はまだ完成していない首都高の路肩を延々と歩く。まさに本作は東京を歩くことに主眼が置かれており、立ち止まると春歌をはじめとする歌が鳴り響く構造になっている。 前述の対談で、大島は庵野に「僕は東京に高速道路ができるその瞬間を『日本春歌考』で撮ったつもり」と語っていたが、風景と建築を介して描く点で両者は共通するものを持ち、本作が庵野作品と最も接近していると感じさせるのも当然なのかもしれない。

21/4/12(月)

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