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水先案内人のおすすめ

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音楽は生活の一部、映画もドキュメンタリー中心に結構観ています

佐々木 俊尚

1961年生まれ フリージャーナリスト

復讐者たち

敗戦直後のドイツで、一部のユダヤ人たちがナチスへの復讐にドイツ国民の大量殺害計画をひそかに立ち上げるという実話をベースにしているという。この計画はもちろん実現しなかったが、ユダヤ人たちが組織をつくり、強制収容所に関与したナチスの残党たちを探しだしては殺害していたという史実も、衝撃的だった。 ユダヤ人へのホロコーストはむきだしの憎悪そのものだったが、そのような憎悪に憎悪で報復することは正義なのか。それは「正義」ということばの定義にもよるだろう。日本人が使いたがる「悪に鉄槌を下す正義の味方」の正義ではなく、英語の「justice」により近い「公正さ」という訳語を当てるとしたら、暴力による報復という行為は公正なのかどうか。 ここには難しい問いがある。暴力による報復を否定すると、たちどころに「あなたはユダヤ人の気持ちが分かっているんですか」「あなたは収容所で殺害されたユダヤ人の遺族に向かっても同じことが言えるんですか」という正義マンたちがたくさん現れてくるのは間違いない。しかしそのような感情的な反発こそが、この問題を静かに議論することを最も阻んでいる。 この作品のなかで、ある登場人物が「いい人生を送ることこそが復讐だ」というセリフを吐く。この言葉が、わたしにはいちばん刺さった。そして文芸評論家吉田健一が終戦後の1957年、随想に書いた文章を思い出した。吉田は長崎を訪れ、復興して美しくなった街を散歩する。そしてこう書いた。 「戦争に反対する唯一の手段は、各自の生活を美しくして、それに執着することである。過去にいつまでもこだわってみたところで、誰も救われるものではない」

21/6/27(日)

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