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水先案内人のおすすめ

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吉田 伊知郎

1978年生まれ 映画評論家

小林信彦プレゼンツ これがニッポンの喜劇人だ!

『ニッポン無責任時代』(5/22、5/24、5/26~5/28) シネマヴェーラ渋谷「小林信彦プレゼンツ これがニッポンの喜劇人だ!」(5/22〜6/4)で上映 1932年は妙に個性的な人が多く生まれた年である。ちょっと数えるだけでも大島渚、青島幸男、石原慎太郎、横山ノック、谷啓……個性的というより才ある変人と言った方が良いかも知れないが。 作家の小林信彦がこの年に生まれたというのも、さもありなんという気がする。 26歳の若さで編集経験もないままに江戸川乱歩の引き立てで『ヒッチコック・マガジン』の編集長となり、一方で映画評論を書くようになった小林は、『映画評論』誌で『喜劇映画の衰退』を連載し、後に『世界の喜劇人』としてまとめられた。 この対になる書が、古川緑波から藤山寛美に至るまで、小林の目で見てきた喜劇人の盛衰を記した1972年刊行の『日本の喜劇人』である。その審美眼によって綴られた文章には、何度読んでも引き込まれる。同書は最初の単行本以降、定本、文庫と版を重ねるごとに追記され、2008年には箱入りの定本が出た。そして今年、『決定版 日本の喜劇人』が新潮社から刊行される。大泉洋、志村けんなどが新たに書き加えられたようだが、由利徹に一章を割いていた同書に、志村が入ったのは当然だろう。表紙に登場する喜劇人は、最初の版では古川緑波だったが、決定版は植木等である。 ジャズ喫茶時代から植木等を――つまりはクレージー・キャッツを見てきた小林は、彼らの魅力が最も出たのは舞台で、次がテレビ、映画は一番ダメだったと言う。しかし、リアルタイムでクレージーを見られなかった世代は、わずかに残されたテレビ番組のキネコ(保存用にフィルムに変換したもの)と映画でしか追体験できないのだから、そんなことを言われても困る。では、小林が薦めるクレージー映画は無いのかと言えば、1本だけ手放しで絶賛したのが『ニッポン無責任時代』(1962年)だ。 植木等演じる無一文の平均(たいら・ひとし)が、面識もない社長に口八丁手八丁で取り入って企業内でスイスイと出世していく様は、『パラサイト 半地下の家族』の比ではない。社長の家に瞬時に入り込んで、家族からも信用を得てしまうのだから恐ろしい。平均は得体の知れぬ気味悪い男だが、植木が演じることで底抜けの明るさに満たされてしまう。今観ても、この時期の光り輝く植木(街頭で軽妙に唄いながら歩く姿を見よ)だからこそ、日本映画としては稀なピカレスク・コメディの秀作が生まれたのだろう。 公開当時、小林をいかに興奮させたかは、『日本の喜劇人』を読めば分かるが、そのなかに、本作と続編の『ニッポン無責任野郎』の2本立てを大島渚が1回半(3本分)観たことが記されており、大島は「どうしてあんなに面白いんだろう」と、小林に告げたという。1932年生まれのふたりの仕事を振り返れば、既存の価値観を破壊し、どこまでもドライに私利私欲で動く平均というキャラクターに、彼らが衝撃を受けた理由も理解できるはずだ。

21/5/22(土)

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