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三鷹市芸術文化センターで、演劇・落語・映画・狂言公演の企画運営に従事しています

森元 隆樹

(公財)三鷹市スポーツと文化財団 副主幹/演劇企画員

劇団猫のホテル『ピンク』

初めて「猫のホテル」の舞台を拝見したのは1999年4月、今回と同じザ・スズナリでの『しぶき』だったと思う。作・演出・主宰である千葉雅子の意を熟知した手練れ(てだれ)の役者達が、時にねちっこく絡みつき、時に壁を突き抜けるのではというほどの破壊力で、ボールを廻し合っていた。その空間の中では、観客はまるで「ほら坊や、ボールが取れたら小遣いあげるよ」という薄ら笑いの大人たちの声に、懸命にボールを追いかけ続ける子供のようだった。突発的に暴れまわる役者を懸命に追いかけ、意識の外から飛んでくる矢じりのようなセリフを次々に受け止めながら舞台を追いかけるのだけど、舞台上の役者達は戯れた談笑をしながら余裕でパスを廻し続け、いつしか観客は、そのパス廻しに見惚れ、ただただ笑うことを選択し続けた。どこからでも攻めれて、それでいて唸るほど堅い守備力を持ち、ノールックでセリフのワンツーを決め、仮に誰かがミスしても「あらよっと」という感じで自然に傷口を塞いでいく、そんな底力に満ちた稀有な劇団だった。 本当は難しいことを、軽々とやっているかのように見せる、豪腕な底力。 その「猫のホテル」が、30周年を迎えるという。 <<<>>> 染めてやるのだ、この空気! 新宿で芝居を始めた頃は飲み盛り食べ盛りで、朝まではしゃぎたくて仕方なかったけど、 今はひっそり慎ましく、21時過ぎればもう瞼が重い。 加齢もコロナも容赦ない。 できないことが増えて、記憶の細部がこぼれ落ちて行く。 うら枯れた想いがあふれて行くばかりだ。 このままじゃシャクだから、色めく人々が色をなす芝居をやる。 欲望のまま登りつめようとする荒々しいおんなの闘いを描く。 いろいろと経てこその『ピンク』だ。 愛らしさ、お色気、郷愁、マダム・・・好きに想像してほしい。 100年前は男児の色として、50年前はレディやカーテンを形容して文化の一翼として、 変幻自在に生まれ変わったその色で染めてやるのだ。 <<<>>> チラシの裏面に記されたその文面からも、いささかも衰えぬ「猫のホテル」の底力が浮かび上がる。 そういえば、「猫のホテル」を見始めた1999年頃、輪転機で刷られた次回公演の仮チラシには、確かこう書かれていた。 「千葉雅子、血ヘド吐きながら執筆中。」 さすがに記憶も曖昧で、原文のままかどうかはお許しいただきたいが、白い紙に黒一色で刷られたその文字が、「どす黒き赤」に見えるほどの念を宿していたことだけは覚えている。 千葉雅子の、そして、猫のホテルの『ピンク』の血ヘドを、あの日と同じザ・スズナリで、全身に浴びたく思う。

21/9/25(土)

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