Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play
Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play

水先案内人のおすすめ

評論家や専門家等、エンタメの目利き&ツウが
いまみるべき1本を毎日お届け!

文学、美術、音楽など、映画とさまざまな構成要素に注目

高崎 俊夫

1954年生まれ フリー編集者、映画評論家

少年の君

進学校に通う成績優秀な少女チェン・ニェン(チョウ・ドンユイ)とカツアゲに明け暮れるチンピラ、シャオベイ(イー・ヤンチェンシー)との間に芽生えた淡い交情。この映画を見ながら、既視感があった。たとえば、往年の日活映画『泥だらけの純情』(63年、中平康監督)だ。高度経済成長期を背景に、深窓の令嬢吉永小百合としがないチンピラ浜田光夫の心中にまで至る道行は、格差というものが今ほど前景化していない時代のロマンティシズムを謳いあげていた。 しかし『少年の君』は、そんな甘いロマンティシズムを粉砕するような、過酷な現実を見据えている。冒頭で、チェン・ニェンの同級生が投身自殺を遂げる。しだいにこの進学校の中で陰湿ないじめが跋扈していることが明らかになる。チェン・ニェンが次のいじめの標的になる。彼女の母親は怪しげなフェイスパックのセールスで出稼ぎに出ており、常に不在。その圧倒的な貧しさを嘲笑するように同級生の女子たちが振るう凄惨な暴力はなまなかではない。 いっぽうで、ふとしたことで知り合ったシャオベイは、チェン・ニェンを大学受験の日まで、その苛烈ないじめから守ることを約束し、彼女の登下校を、あたかもストーカーのように絶えず付き添う。しかし、悲劇が起こる。 中国は現在、監視カメラは二億台を超えると言われており、『少年の君』も、監視カメラによって犯罪の真相が暴かれるために、一見、その抑止性を無条件に礼賛しているかにみえる。さらに、映画のラストでも、取ってつけたように、いじめの問題の根絶のテーマをメッセージするテロップが出るが、『少年の君』は決してそんな表層的な映画ではない。ちょうど、メキシコ時代のルイス・ブニュエルが非行少年防止をお題目に掲げ、社会派的な善導映画の名目で、名作『忘れられた人々』(50年)を撮ったように、監督のデレク・ツァンも今の中国が抱える、容易に解消するのは不可能な、根深い格差や暴力、貧困の問題を、初々しくも鮮烈な青春映画というフォームを使って、見事に浮かび上がらせているのだ。

21/7/5(月)

アプリで読む