Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play
Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play

水先案内人のおすすめ

評論家や専門家等、エンタメの目利き&ツウが
いまみるべき1本を毎日お届け!

注目されにくい小品佳作や、インディーズも

吉田 伊知郎

1978年生まれ 映画評論家

『ネズラ展』

〈ネズラ〉と聞いて、直ぐに反応する人は、そうとうコアな怪獣映画ファンだろう。なにせ世に出ないまま終わった幻の怪獣である。 1963年、大映が本格的な特撮映画を作るべく、本物のタコを用いた『大魔獣ダゴラ』の企画が立ち上がったが、タコは熱に弱いため、スタジオの強烈な照明で撮影するには不向きということで、今度は本物のネズミ――それも群れとなって東京を襲う『大群獣ネズラ』が製作されることになった。本物を精巧なミニチュアの中に放てば、巨大ネズミが都市を襲う迫力ある場面を撮ることができるというわけだ。 1964年の正月映画として公開されることになり、長谷川公之の脚本も完成しており、製本された台本には、監督に村山三男、出演者に宇津井健、川崎敬三、姿美千子、松村達雄らの名前が印刷されている。 1963年8月から準備が開始され、まずは本物のネズミを集めることになった。ネズミ買い取りの新聞広告を出し、最寄りの大映直営館に持ってこさせて、宣伝も兼ねたトラックが映画館を巡回して回収したという。 後にガメラシリーズを監督する湯浅憲明は、当時の撮影所の様子を「子供たちが学校終わるとネズミを持って来るようになっちゃってね。こちらが買ってあげるもんだから、もうネズミの動物園みたいでした(笑)」(『キネマ旬報』)と回想する。 大映撮影所には10メートル四方の大きなネズミ小屋が作られ、千匹の多種多様なネズミたち――ハタネズミ、ヒメネズミ、アカネズミ、ドブネズミ、医療用ラット等々が集まった。 同年9月21日、本編に先行して特撮班が高速道路をネズミの群れが疾走するシーンから撮影を開始した。ドブネズミ400匹をミニチュアの道路に放したが、意図通りに動いてくれるはずもなく、朝から始めて夕方にようやくOKカットが出る始末。下水道にネズミの大群が蠢くカットでも予定時間を大幅に超超過した。見せ場となる東京湾からネズミの大群が上陸するシーンでは、スタジオ内にプールを造り、水中を移動する機械の上にネズミを500匹乗せて撮影に臨むも、機械が故障して100匹近くが溺死したという。 特殊技術を担当した築地米三郎は、本作の撮影について、「夜行性の動物なのでライトをたけないから高感度フィルムでの撮影です。でもいくら脅かしてもネズミは思いどおりに動いてくれない。だから、船のネズミ駆除用の毒ガスを使って、動かしていきました」(前掲書)と語る。実際、カメラマンたちが防毒マスクをして撮影する奇妙な写真が残されている。 そして運命の日となった11月2日、プールの移動装置が修理され、東京湾上陸シーンのリテイクを行おうとしていたスタッフに、大映社長・永田雅一から製作中止命令が下った。撮影所にダニが発生し、組合をはじめとする各方面からのクレームがとどめを刺したのだ。 結局、『大群獣ネズラ』は撮影日数10日、5800フィートのフィルムを回し、3分近いOKカットを残して、幻の映画となった。 湯浅は、OKカットを用いた特報の製作を命じられていたが、編集しようという矢先に製作中止となり、残されたフィルムも廃棄されたと言われている。 この顛末を映画化した『ネズラ1964』は、ネズミ集め、特撮の現場での試行錯誤など、これまで文献とわずかな写真でしか垣間見ることができなかった幻の怪獣映画の製作過程を再現し、ガメラも大魔神も生まれる前の大映で、新たな特撮映画に可能性を見出そうとする映画屋たちを映し出す。 映画としては1時間に満たない中編で、規模も小さいのが透けて見えてしまうが、平成ガメラシリーズにレギュラー出演した螢雪次朗が永田雅一をモデルにした人物を演じ、『宇宙怪獣ガメラ』に出演したマッハ文朱、ゴジラシリーズに多数出演した佐野史郎、初代ウルトラマンの古谷敏といった特撮に縁のあるキャストが絶妙の配役で登場するので、映画が実際より大きく見える。 素晴らしいのが劇中の特撮である。高速道路のミニチュアとネズラの場面など見応えがあり、巨大なマンモスネズラの造形も良い。ここまで出来るなら、いっそのこと新作のネズラを作った方が良かったのではないかと思いそうになるが、オリジナルとかけ離れたものになるのは目に見えている。本作が良いのは、写真でしか見られなかった『大群獣ネズラ』の撮影済み場面を映像で忠実に再現することに徹していることだ。  映画公開と同時に行われている〈ネズラ展〉では撮影に使用されたミニチュアやマンモスネズラの造形雛形も展示されており、幻だった映画が目の前に形となって現れる喜びを感じさせてくれる。

21/1/23(土)

アプリで読む