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水先案内人のおすすめ

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古今東西、興味のおもむくままに

藤原えりみ

美術ジャーナリスト

TOVE/トーベ

トーべ・ヤンソン(1914〜2001年)がムーミンの生みの親であり、彼女の人生後半のパートナーが女性のグラフィック・アーティストのトゥーリッキ・ピエティラであったことは知ってはいたが、「ムーミン・シリーズ」は読んでおらずTVアニメも見ていないことにはたと気づく。だが「ムーミン・シリーズ」を読破してからでは遅い。このタイミングで見ておかねばと、トーベの前半生を描いた本作を鑑賞。そして驚いた。 独立心に富み強い信念をもって創作に取り組むトーべと、妻がいるにも関わらず彼女と関係を持つ政治家でジャーナリストのアトス、そして夫がいるにも関わらず彼女と関係を持つ舞台演出家のヴィヴィカ。トーべはアトスに向かって言う。「私の男はあなただけ。女はヴィヴィカだけよ」。同性愛は精神疾患として扱われ、法に触れる犯罪でもあったフィンランドにおいて、なんと超弩級のストレートさ! しかも酒と煙草の愛好者(とにかくよく飲む! よく吸う!)。繊細さと矜持を兼ね併せた人物造形に目を奪われる。 ムーミン・コミックスに登場するトフスランとビフィスランはトーベとヴィヴィカの名前の頭文字に由来し、アトスはスナフキンのモデル、人生後半の伴侶となったトゥーリッキもトゥーティッキのモデルだという。ムーミンの物語に織り込まれている、トーベにとって掛け替えのない人々の存在が淡々と描き出されていく。 「自由」を追い求める人々の、本来ならドロドロになりかねない濃密な人間関係に、簡潔ながら含蓄の多いセリフが奥深い陰影を刻印する。当時のフィンランドの状況(たとえば男女平等に対する意識の高さや男女の教育の均等性など)を押さえておかないと、時には投げやりとさえ思えるほどの抽象的な言葉のやりとりにいささか戸惑うかもしれない。だが、それらを補って余りあるのが音楽だ。アトリエに響く蓄音機によるエディット・ピアフの他、ショパンやベニー・グッドマン、ジョゼフィン・ベーカー等々。音楽に託された心情の深さ。そして独りでも友達と一緒でも、トーベのよく踊ること! 生きる喜びが託された踊りの場面と音楽のリズムが活気を与えてくれる。「ムーミン・ファン」ならずとも、女性の生き方に関心ある人にオススメしたい味わい深い逸品。

21/9/6(月)

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