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水先案内人のおすすめ

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三鷹市芸術文化センターで、演劇・落語・映画・狂言公演の企画運営に従事しています

森元 隆樹

(公財)三鷹市スポーツと文化財団 副主幹/演劇企画員

『新・熱海殺人事件』

今から40年くらい前、筆者が高3だった夏、広島の自宅近くにあった書店の文庫本コーナーは、和田誠のイラストによるカバーで満ち溢れていた。その中の一冊を、なんの前知識もなく手にした私は、漫然と開いたページに目を落とし、ほんの数行斜め読みをして、また元に戻すはずだったが……。 動けなくなった。目が追いかけるよりも早く、脳が「先に進め」と信号を出し続けた。本を読むのは好きだったが、「読み書きの脳領域」の今まで使われていなかったエリアに、その文庫の活字はダイレクトに届き、まさにスパークし続けた。立っていられなくなるのを感じた私は、数多くのタイトルの中から、特に気になった数冊を手に、レジへと向かった。やがて自宅に戻るや否や、制服を脱ぎもせず読み耽った。小説もエッセイも、破壊力が強すぎて、自分の気力が皮膚を突き破りそうになった。 文庫本の帯には、たしか、こう書かれていた。 「強くなります。つかさん、あなたを読んで」 <<<>>> その後、一浪の末になんとか大学に合格して東京に出た私だったが、残念ながら「劇団つかこうへい事務所」による紀伊國屋ホール公演には間に合わなかった。後に知り合った人の中に、その頃の舞台を観ている人がいて、あのシーンはこんな風で、そのシーンはこんな風でと聞かされる度に、風間杜夫や平田満が脳内を躍動した。その都度、何度も何度も読み返した小説やエッセイは、今も私の本棚に並ぶ。帯はいつしか無くなり、カバーも端が破れ、活字は薄れ、紙は色褪せても、その文章の切れ味は些かも(いささかも)輝きを失わなかった。いやむしろ、取り繕い、空気を読みながら生きていくことを賢さとする今の時代だからこそ。 つかこうへいの舞台は、絶えず、演じられ続ける。 <<<>>> 耐震補強工事と内装一新のため、今年の1月末に改修に入っていた紀伊國屋ホールの、改修後の柿落とし公演「新・熱海殺人事件」。 57年間の歴史を誇る紀伊國屋ホールの象徴といえば、誰もが異論なく「つかこうへい」と答え、そして「熱海殺人事件」と答えるであろう。 あのセリフが、あのシーンが、あの曲が。 新装紀伊國屋ホールの、幕を、上げる。

21/5/23(日)

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