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水先案内人のおすすめ

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平辻 哲也

1968年生まれ 映画ジャーナリスト

きこえなかったあの日

東日本大震災から今年で10年。あの日の事は多くの人が覚えていることだろう。私は当時、新聞社の労働組合の委員長だった。その日は春闘の団体交渉日で、一人事務所で交渉の行方を見守っていた。そこは窓のない部屋で、山のような書類に押しつぶされると思って、慌てて逃げ出した。 多くの犠牲者を出した震災だったが、被災者にはろう者もいた。津波には警報も流されたが、その音に気づかず亡くなった人も多いそうだ。本作は、自転車ロードムービー『Start Line(スタートライン)』(2016)が海外からも高く評価された、ろう者の女性監督、今村彩子監督が東日本大震災、熊本地震、西日本豪雨、コロナ禍までの10年を追ったドキュメンタリーだ。 愛知在住の今村監督は震災直後に現地入りし、カメラを向けた。滞在先のホテルで、大きな余震も体験。テレビでは何を伝えているのか分からず怖かったという。震災に関するドキュメンタリーは数多くあるが、ろう者監督が、ろう者の被災者にスポットを当てたのは、本作が唯一だろう。健常者には分からない、独自の視点がある。 今村監督は、13年には同じ題材で『架け橋 きこえなかった3.11』を発表しているが、作品としての完成度は高くなかった。誤解を恐れず言えば、志はいいが、少し行儀がよすぎる気がしたのだ。ところが、本作は一つ突き抜けた視点で捉えている。同じ題材、同じ素材を使っていても、こうも違うのか、と驚いた。 映画では、ろう者の被災者ならでは、の苦労を取り上げながらも、その人間の営み、生活弱者だけには留まらない人間の逞しさ、強さ、やさしさをも切り取る。18年の西日本豪雨の被災地・広島では、ろう者の災害ボランティアが結成され、活躍を見せる。若いボランティアの一人は「私たちは耳が聞こえないだけ。体力は十分にある」と胸を張る姿は頼もしい。 見終わった後に、映画に出てきたあの人は今、元気でいるのだろうか、と思わずにはいられない。首都圏などでは緊急事態宣言下でもあり、有料配信もある。劇場に行くのが難しい人はネットでぜひ。

21/2/26(金)

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