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注目されにくい小品佳作や、インディーズも

吉田 伊知郎

1978年生まれ 映画評論家

《若松孝二監督命日上映》

『性輪廻〈セグラマグラ〉死にたい女』 10月17日(土) 毎年、テアトル新宿では2012年に亡くなった若松孝二監督の命日に追悼上映会を行っている。それもソフト化されていないレア作品がかかるので、若松孝二の新たな一面を発見する絶好の機会となる。今年は三島由紀夫没後50年ということもあって、若松が作った〈三島映画〉が上映される。といっても、三島の原作でもなければ、晩年に撮った『11・25 自決の日 三島由紀夫と若者たち』(12年)でもなく、60年代後半から70年代前半にかけて若松が量産していたピンク映画の中から『性輪廻〈セグラマグラ〉死にたい女』(71年)が上映される。 この作品は国内ではソフト化されていないこともあって、若松映画のファンでも観た人は少ないだろう。三島事件をモチーフにした映画史上最速の作品である。どれくらい早かったか具体的に記そう。1970年11月25日事件発生、27~29日にかけて脚本執筆、12月3〜9日で撮影、完成した映画の映倫審査日は1971年1月13日なので、事件から半月もしないうちに撮影を終え、1か月半後には完成していたことになる。 気になるのは、三島事件をどう描いているかという点だが、雪に閉ざされた温泉町を舞台に2組の男女が織りなす愛の営みという、一見するとごくフツーのピンク映画だが、主人公は愛する女性のために決起に参加できなかった楯の会の青年という設定で、事件を報じる誌面や楯の会の訓練風景写真が随所で挿入されるのだから異様な雰囲気が醸し出される。脚本段階では三島が監督した『憂国』(66年)の切腹場面や、事件後の三島の生首写真を挿入するように指定されている。 ピンク映画は低予算で短期間に企画・撮影することが条件となるため、同時代のアクチュアルなテーマを取り込んで直ぐに映画化出来る背景がある。若松孝二はその特性を活かすことで、この時期、同時代の日本映画とは異質のフィルムをアンダーグラウンドで大量に作ってきた。脚本を担った足立正生と共に現実へ追いつき、やがては追い越すほどの速さで撮っていったのだから、三島事件への意思表示をフィルムで行うのは当然だったのだろう。 一方で、そうした若松映画のアクチュアリティな面にばかり注目されがちだが、『狂走情死考』(69年)や『17歳の風景 少年は何を見たのか』(04年)で見事に映し出されていた雪が、本作では一層際立つ点も見逃せない。冷ややかな感触が伝わってくるような若松孝二の撮る雪にも注目してもらいたい。 また、劇中に歳上の女として登場する香取環は、〈ピンク女優第一号〉の異名を持つ創世記のピンク映画から活躍してきた伝説的な女優である。日活ニューフェイス出身で、気品漂う存在感は引退を翌年に控えた本作でも健在である。こうした俳優たちによって初期のピンク映画が支えられていたことを実感する機会にもなるだろう。

20/10/14(水)

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