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音楽は生活の一部、映画もドキュメンタリー中心に結構観ています
佐々木 俊尚
1961年生まれ フリージャーナリスト
Our Friend/アワー・フレンド
21/10/15(金)
新宿ピカデリー
冒頭のシーンは、主人公夫婦が「ママの命はあとわずかしかない」とふたりの娘に打ち明けるところから始まる。それは時系列で言えばこの映画の終盤のはずなのだが、本作はそこから時間を遡り、がんの告知を受ける以前や以後、末期までもがフラッシュバックのように交互に入れ替わりながら描かれていく。この錯綜する時間軸には、混乱する観客も少なくないかもしれない。しかしじっくりと物語を追っていくと、監督の狙いがわかってくる。 著名なジャーナリストが雑誌『エスクァイア』に発表したみずからの体験談をもとにした本作では、時間軸どおりに直線の物語を描くのではない。妻が亡くなった後に彼が過去を振り返りながら、そこにあったあらゆる時間が愛おしく貴重だったということをかみしめるように描いているのだ。幸せなときもあればつらい時もあった。喜びに満ちあふれた日もあれば、鬱々と苦しい日々もあった。しかしそれらの時間のすべては、今となってはとても大切な日々だったのだ。 そういう思いによって、過去のさまざまな時間が万華鏡のようにして重ねられていっている。それはまるで、わたしたちが頭の中で過去の記憶を振り返るような体験である。だから時間軸に混乱しつつも、最後まで観れば静かな感動はかならず待っている。
21/9/9(木)