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吉田 伊知郎

1978年生まれ 映画評論家

第33回 東京国際映画祭

『河内山宗俊[4Kデジタル復元版]』 11/2(月) 東京国際映画祭 EXシアター六本木にて上映 10/24(土)10:00より 東京国際映画祭公式サイトにてチケット発売開始 https://2020.tiff-jp.net/ja/lineup/film/3310CLA02 デジタル技術が映画にもたらした最大の恩恵は、過去作品の修復にあるのではないか。『東京物語』(53年)も『七人の侍』(54年)もオリジナルネガは所在不明である。現存するマスターポジ、デュープネガから、明るさ、コントラストを調整し、音質も向上させた――まるで新作を観ているかのようなピカピカの復元版が作られたことは記憶に新しい。 最近では、1970年代、80年代の作品もデジタル修復の対象になっている。しかし、筆者としては不満があった。小津安二郎も黒澤明も良いが、アレがまだ残っているではないか。山中貞雄である。 山中貞雄は映画そのものというべき存在だ。アメリカ映画からの影響を時代劇に取り入れた硬軟自在の作風、〈マゲをつけた現代劇〉と言われたモダニズムは、今も初めて観た者を驚嘆させる。わずか28歳で、中国戦線で戦病死を遂げた山中がもし生きていれば、戦後の日本映画は様変わりしたと言われている。 映画監督は死んでも作品は残るというのは、近年のことにすぎない。なにせ山中の全監督作26本のうち、現存するのは『丹下左膳余話 百萬両の壺』(35年)、『河内山宗俊』(36年)、『人情紙風船』(37年)のみ。しかも『百萬両の壺』のネガは戦後、横浜シネマ現像所の火災で焼失し、『河内山宗俊』は新東宝系で再上映されたプリントが存在したが、役目を終えると全てジャンクされたという。しかし、どういうルートを辿ったのか、その中の1本だけが日活撮影所映写室のロッカーから発見されたというから、いずれもかろうじて生き長らえたにすぎず、数分の欠損も生じている。むしろ、〈3本も〉今観られることに感謝すべきかもしれない。 しかしながら、現存する山中映画は画質、音質共に劣化が甚だしい。特に音は台詞が聞き取れないことが多い。今年の東京国際映画祭「日本映画クラシックス」では、稲垣浩監督の『無法松の一生[4Kデジタル修復版]』(43年)を含む、山中貞雄の現存する3本がデジタル復元されて上映される。 ひと足先に『河内山宗俊[4Kデジタル復元版]』を見せてもらったが、16mmのデュープネガから修復されたということもあり、フィルム傷は消されているものの劇的な画質の向上――それこそ『ゴジラ』(54年)や『七人の侍』のようにはいかない。1930年代の映画だけに仕方ないが、むしろ画期的なのは音質が著しく明瞭になったことだろう。山中映画の心地よい台詞の応酬が、はっきりと聞こえてくることで、河原崎長十郎と中村翫右衛門が原節子のために命を捨てる決意も、いっそう感動的に響いてくる。 余談だが、黒沢清監督『スパイの妻』(10月16日公開)の劇中にも、高橋一生と蒼井優の夫婦が映画館で本作を観る場面がある。脚本段階ではマキノ正博監督『阿波の踊子』(41年)が想定されていたそうだが、黒沢監督の意向で本作が選ばれたという。中国大陸における日本軍の動向が関連する内容だけに、この秋は同じく中国戦線で不慮の死を遂げた山中貞雄の存在へと思いをはせることになりそうだ。

20/10/22(木)

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