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映画史・映画芸術の視点で新作・上映特集・映画展をご紹介

岡田 秀則

1968年生まれ、国立映画アーカイブ主任研究員

いまはむかし 父・ジャワ・幻のフィルム

赤道直下にかつて日本の映画撮影所があった、と言っても信じられない人もいるだろう。しかしそれは確かに存在した。戦時中の1943年4月から1945年8月まで稼働し、占領者である日本のプロパガンダ映画を作り続けた「日本映画社ジャカルタ製作所」である。そこには、のちに日本のドキュメンタリー映画界を背負うことになる数々の若い才能が働いていた。 近年も力作ドキュメンタリー『えんとこの歌 寝たきり歌人・遠藤滋』を発表し、障がい者の尊厳を一貫して捉え続けてきた伊勢真一監督の父、フィルム編集技師の伊勢長之助もそのひとりである。戦後は記録映画編集の神様とまで呼ばれた父親は、ジャカルタ時代にはどんな映画を作り、何を考えたのか。戦争という大文字の歴史、日本映画の歴史、インドネシア民衆の歴史、そして、ある映画一家の歴史。いくつもの時間の流れが交叉しているが、本質的には「映像で記録すること」を選んだ伊勢家三代の物語として描かれているところが感慨深い。 日本敗戦の直前に作られた、現在の国歌となった歌を紹介する『インドネシア・ラヤ』という短篇映画がある。もはや日本軍もインドネシアの独立へのパワーを制止できない状況が分かる一本だ。それを半世紀以上後に監督らが屋外で上映した時の、子どもたちの大合唱が忘れがたい。だがその明るい声は、年長者たちが抱き続ける日本占領の暗い記憶とも表裏一体であろう。 遠い時間の彼方にあっても、語られねばならぬ物語の誕生である。

21/8/24(火)

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