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水先案内人のおすすめ

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文学、美術、音楽など、映画とさまざまな構成要素に注目

高崎 俊夫

1954年生まれ フリー編集者、映画評論家

幸せの答え合わせ

結婚生活29年目を迎えた夫婦。ふだんの会話にW・B・イェーツを引用するような妻グレース(アネット・ベニング)と高校教師の夫エドワード(ビル・ナイ)はまるで絵にかいたようなインテリ夫婦に見える。ところが、突然、ささやかな会話の行き違いから、グレースは激高し、愁嘆場が繰り広げられる。何度も繰り返されている、ありふれた日常的な光景のようだが、夫の方は、決壊寸前、もはや、これまでと悟った末に、「好きな女性が出来た。出ていく」と宣言し、家を出ていく。呆然自失する妻。 夫婦の、とりわけ妻の耐えがたいような罵詈雑言を眺めていると、イングマール・ベルイマンが晩年、『ある結婚の風景』で執拗に描いた破綻に瀕した夫婦の情景が浮かんでくる。ここまでやるかという仮借ない追いつめ方、救いのなさ。ベルイマン作品のような離婚にいたるまでの泥沼をみせつけられるかと思いきや、この映画は、一人息子のジェイミー(ジョシュ・オコナー)の視点を語り口の中心に置くことで、陰々滅滅たる<現在>と甘美な記憶の中でノスタルジックに浮上する<過去>が融合され、痛ましくも、詩的でニュアンスに富んだ心象風景を形作る。これは何といっても監督であるウィリアム・ニコルソンの実体験に基づくオリジナル脚本の強みであろう。背景となる、イギリス南部の海辺の町シーフォードの断崖が視界の遥か彼方まで続く美しい風光も記憶に残る。 アネット・ベニングは、『リヴァプール、最後の恋』(17)で最晩年のグロリア・グレアムを演じたあたりから、初老を迎えた女性の生理と精神の葛藤をデリケートなまでに表現できる女優へと見事な変貌を遂げたが、『幸せの答え合わせ』も、そんな彼女の円熟した演技に魅了される。

21/6/2(水)

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