Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play
Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play

水先案内人のおすすめ

評論家や専門家等、エンタメの目利き&ツウが
いまみるべき1本を毎日お届け!

文学、美術、音楽など、映画とさまざまな構成要素に注目

高崎 俊夫

1954年生まれ フリー編集者、映画評論家

この世界に残されて

『心と体と』という忘れがたい夢想的な愛をめぐる映画をつくったプロデューサー、モーニカ・メーチとエルヌー・メシュテルハーズィが製作した作品というので心惹かれたが、その期待は充分に満たされた。 ハンガリーではナチス・ドイツによって約56万人のユダヤ人が殺害されたという。同じ東欧でもポーランドではワルシャワ蜂起があり、そのためだろうか、戦後まもなく、レジスタンス活動をロマンティックに称揚したり、ナチスの強制収容所の実態を暴いた映画が陸続とつくられたが、ハンガリーでは、ようやく戦時下におけるナチスのホロコーストを怜悧にみつめた作品が生まれているといってよいかもしれない。 『この世界に残されて』は、終戦後の1948年、ホロコーストで家族を失った16歳の少女クララ(アビゲール・セーケ)とやはり妻とふたりの子供がホロコーストの犠牲となった医師アルド(カーロイ・ハイデュク)が出会い、その寄る辺ない孤独な魂の触れ合うさまを、抑制されたタッチで繊細に描いている。たとえば、煽情的なフラッシュバックの手法を使って、ことさら声高にドラマティックにホロコーストを弾劾するシーンなどは一か所もない。だが、しかし、一見、平穏さを取り戻したかに見えるものの、ソ連による占領下にあって、社会主義国家建設へ向けたベクトルが敷かれていく。そんな世相とは裏腹に、親子ほどの歳の差がある、深い傷を抱えたふたりが、男と女でもなく、保護者と被保護者でもない、ある親密さ、そして微かなエロティシズムという緊張を孕みつつ信頼に支えられた関係のままに戦後を生きぬいてゆくのだ。その語り過ぎない控えめなタッチこそ称揚したい。

20/12/17(木)

アプリで読む