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水先案内人のおすすめ

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生きのいい日本映画を中心に、大人向け外国映画も

平辻 哲也

1968年生まれ 映画ジャーナリスト

最初の晩餐

題名は大事である。「最後の晩餐」と聞けば、あのダ・ヴィンチが描いたキリストと弟子たちとの食事風景を描いた、あの絵画を思い出す。しかし、「最初の晩餐」とはなんだろうか?  映画は、父親の死を契機に起こるホームドラマである。その通夜の席で出された精進落とし。それはチーズ入りの目玉焼き。それが最初の晩餐というわけだ。通夜の出席者は当然、驚く。いくらなんでも、これはない。しかし、長男坊ははたと気がつく。「これ、親父が作ってくれた最初の料理です」と。 そう言えば、娘が小さい頃、私が最初に作ってあげたのが目玉焼きだった。多分、妻が不在か、病気か何かだったんだろう。そうでもなければ、料理なんか作るわけもない。その娘も先日、誕生日を迎え、22歳になった。その娘は今でも「パパの作った目玉焼きはグジュグジュだった」と私の料理下手を冷やかす。食というものは、体内に入るだけあって、どうやら体の奥底の記憶に刻まれるらしい。 映画では、この目玉焼きをきっかけに、食をめぐる家族の歴史が紐解かれていく。夫婦は子連れのバツイチ同士。他人同士がくっついて、「家族」となった。しかし、その家族にも秘密はつきものである。その秘密にはちゃんと理由があった。最後は涙腺崩壊必至。監督は人間の心のひだを心得ている。 演技陣もそうそうたる顔ぶれ。主演の染谷将太を始め、NHK朝ドラ『スカーレット』のヒロイン、戸田恵梨香、窪塚洋介、子役時代の配役は『天気の子』の森七菜。両親役は永瀬正敏と斉藤由貴。豪華すぎる配役だ。 さぞ、手練の監督がメガホンを取ったのかと思うかも知れないが、監督は新人の常盤司郎氏。サザンオールスターズのミュージックビデオや短編映画を数作撮り、これが待望の長編となる。出演者は台本に惹かれ、手を挙げた。 業界では、葬式映画に外れなしと言われる。それは人の生死を取り扱った葬式にはそもそも大きなドラマがあるからだろう。死を前にして何も感じない人はいない。そんなやつがいたら、それこそ、死んだほうがマシだ。それに、現在、過去において一度も家族を持ったことがない人もいない。 つまり、この映画は全人類の関心事をしっかりと描いている。これを観て、一切心が動かなかったという人がいたら、鑑賞料金を返金しよう。しかし、そんな人がいたら、人としてどうかとは思うよ。言いたいのは、この秋、観る映画に迷ったら、この映画を観るべし、ということだ。

19/10/30(水)

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