Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play
Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play

水先案内人のおすすめ

評論家や専門家等、エンタメの目利き&ツウが
いまみるべき1本を毎日お届け!

注目されにくい小品佳作や、インディーズも

吉田 伊知郎

1978年生まれ 映画評論家

キネマ旬報創刊100年記念 キネ旬ベストワンからたどる昭和・戦後映画史

『復讐するは我にあり』(7/15) 新文芸坐 特集「キネ旬ベストワンからたどる昭和・戦後映画史」(7/7〜7/17 )で上映 犯罪者の心の内を説明される映画よりも、犯罪者の行動を描く映画に惹かれてしまう。その意味で『復讐するは我にあり』の緒形拳は、まさに〈犯罪=行動〉を体現するふてぶてしさが魅力だ。 昭和38年、福岡に始まって北海道に至るまで全国各地に出没して詐欺と殺人を繰り返した西口彰。そこに材をとった佐木隆三の同名実録小説を映画化した本作は、監督の今村昌平にとっては『神々の深き欲望』(1968)以来となる11年ぶりの劇映画である。同作で莫大な負債を背負って新作を撮る目処が立たなくなり、糊口をしのぐつもりで撮り始めたテレビドキュメンタリーの面白さに目覚め、長らく遠ざかっていたのだ。本作も、元々はドキュメンタリー向きの題材ということもあって勧められたようだが、調査魔の異名を持つ今村は、調べに調べた事実を基にフィクションへと飛躍させる地点を見出した。 その結果、虚実の綱を互いに引っぱり合うかのような歪な構成にも思える映画となり、さらに実録主義というか、冒頭で殿山泰司が殺される九州の畑も、雑司が谷の加藤嘉が殺されるアパートも、実際の事件の現場で撮っている(厳密には同じアパートの別部屋)。一方、浜松で小川真由美と清川虹子の母子が営む旅館はセットである。ドキュメンタリーの延長上にあるロケーションの迫力と、撮影所に作り込まれたセットだから可能な濃密な密室劇が交錯するところに本作の魅力がある。本来ならば傍流であるはずの三國連太郎と倍賞美津子が演じる舅と嫁のただならぬ関係も、まさか本筋の犯罪逃避行に匹敵する濃密さで描かれようとは思いもよらなかったが、実に虚で肉付けしていくことで役者たちを挑発しているのが見て取れる。濃密な役者たち(緒形の両親が三國連太郎とミヤコ蝶々という段階でどうかしてる)が、現実に負けてたまるかとばかりに虚構の力を見せつける。 それにしても緒形が演じる榎津巌は凄まじい。人を殺めて血まみれになった手を拭くために立ち小便して洗い流す冒頭からしてゾッとさせるが、凶器を現地調達して簡単に殺してしまう計画性のなさが何ともコワイ。それでいてアンチヒーローとしての魅力があふれていて、浜松駅に降り立って改札を出ていく榎津の後ろ姿をキャメラが追い続けるショットには、これから起きる凶行を予感させてゾクゾクさせる。この瞬間は緒形拳が、モデルとなった西口彰を突き抜けて榎津巌が現実の風景の中に現れる象徴的な場面だ。 そういえば、劇中には旧文芸坐(現在と同じ場所に建っていた)が登場する。外観と劇場内も映るが、劇場の前の道では印象的な雑踏シーンが展開する。新文芸坐で本作を観るということは、まさに虚実混在を体感するということでもある。ドキュメンタリーから再び劇映画へと帰還した今村昌平の面目躍如たる力作だ。

19/7/11(木)

アプリで読む