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水先案内人のおすすめ

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文学、美術、音楽など、映画とさまざまな構成要素に注目

高崎 俊夫

1954年生まれ フリー編集者、映画評論家

ブータン 山の教室

どこか既視感を抱かせる映画だ。標高4800メートルに位置する人口56人のブータン北部の村ルナナを舞台にしたこの映画の美しさをどのように形容すべきだろうか。この辺境の地に赴任を命じられた教師ウゲンは電気もなく、黒板もノートもない学校にうんざりし、到着初日から「自分には無理です。すぐに帰ります」と弱音を吐く。いっぽうで村民全員がこの覇気のない新米教師の来訪を心から歓待する。われわれは、この誠に頼りない、今どきの近代人、ウゲンの視点に重ねるようにして、ルナナという大自然に抱かれた集落とそこに住む人々の限りない魅力を徐々に発見していくことになる。主人公以外、ほとんどが映画を観たことすらない、実際のルナナの村民たちが自らを演じているのには驚かされる。究極のドキュメンタリズムの方法がフィクションの至高のー形態となりうることの奇跡。これは羽仁進が岩波映画時代に撮った名作『教室の子供たち』の意図せざる、美しい継承といえるであろう。 そして、実際に家庭が崩壊し、祖母と暮らしているペム・ザムという少女が登場してからは、映画は一気にプリミティブで素朴な深みを獲得するのだ。ペム・ザムという無垢を湛えた少女のさりげない仕草、歓喜に満ちた、あるいは深い悲哀を宿した表情を見ていると、ビクトル・エリセの『ミツバチのささやき』におけるアナ・トレント以来の神話性を帯びた少女がスクリーンに顕現したことを否応なく実感させられるのである。

21/4/1(木)

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