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水先案内人のおすすめ

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文学、美術、音楽など、映画とさまざまな構成要素に注目

高崎 俊夫

1954年生まれ フリー編集者、映画評論家

ペイン・アンド・グローリー

70歳を迎えたペドロ・アルモドバルの新作は、かつての盟友であるアントニオ・バンデラスを起用し、自らの分身のような映画監督の苦悩と自己探求を試みるという自伝的な作品だ。そうなると、当然、フェリーニの傑作『8 1/2』(1963)との比較は避けられない。実際、貧しさゆえに神学校に入れられた幼少期の記憶、三十年ぶりに再会した恋人が別れ際に「君の映画はどれも僕の人生の〝祝祭〟だった」と呟く時、「人生は祭りだ、共に生きよう」という『8 1/2』の有名なフィナーレにおける映画監督グイドの名セリフが否応なく想起させる。ただし、壮年期のスランプに陥った映画作家の抱える精神的な危機、そして魂の救済というフェリーニのあまりに楽天的なヴィジョンと比べると、老境にさしかかったアルモドバルは、自らの同性愛というセクシュアリティに真摯に向き合い、鬱病を患い、<死>の予感に絶えず脅かされている点において、作品自体はずっと苦痛に満ちた、メランコリックなトーンを帯びざるを得ない。映画の前半を覆い尽くす異様なまでの暗さは、主人公が囚われている<タナトス>そのものといえるだろう。しかし、激痛から逃れるためにヘロインに手を出し、のたうち回る満身創痍のなかで、夢想される、幼少期のノスタルジックな〝初めての欲望〟の美しいエピソードから、画面は澄み切った、艶やかな息吹に包み込まれてゆく。アルモドバルにとっては、やはり<エロス>、欲望こそが、尽きせぬ創造力の源泉なのだ。フィクションと現実の入れ子構造を巧みに駆使したエンディングには、そんな危機を克服した映画作家としてのゆるぎない自負のようなものが感じ取れるのである。

20/6/18(木)

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