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水先案内人のおすすめ

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吉田 伊知郎

1978年生まれ 映画評論家

生誕100年 映画女優 原節子

『三本指の男』12/5 国立映画アーカイブ「生誕100年 映画女優 原節子」(11/17〜12/11)で上映。 国立映画アーカイブで『三本指の男』を観た。横溝正史が生んだ探偵・金田一耕助のデビュー作『本陣殺人事件』の映画化で、昭和21年に書かれた原作を、翌年に東映の前身にあたる東横が映画化したもの。金田一役は片岡千恵蔵、監督は東映時代劇を支えた松田定次。 この映画、本邦初の金田一ものの映像化にもかかわらず、これまで一度もソフト化されたことはなく、名画座で上映されるか、CSで放送されるのを待つしかなかった。それゆえ上映される度に万難を排して駆けつけてしまう。 千恵蔵版の金田一というと、原作の着物からスーツへ衣替えしたついでに犯人も変えてしまい、さらに拳銃までぶっ放す作品もあるので、これのどこが金田一やねんと嘲笑されてきた。原作通りの着物姿で金田一が登場する市川崑監督の『犬神家の一族』以降は、いよいよ千恵蔵版の立つ瀬がなくなったが、前述のイメージだけで語られすぎたきらいもある。実際に観れば、帽子を斜めにかぶり飄々とした千恵蔵は、スーツを着ていようが金田一として成立しており、映画における名探偵に必要なのはスター性だということがよくわかる。  千恵蔵版を再評価する機運が高まったのは、市川崑のシリーズが決定版になりすぎたせいで、その後、映像化されるものがマンネリになったからである。独創性と怪奇ムードのある千恵蔵版が見直されるようになったのだ。 東横が京都の大映第二撮影所を借りて製作を開始して間もない時期に作られたこともあり、撮影中も資金繰りにも苦しんだという。『東映OB座談会 われら八方破れの大日本映画党』(『月刊噂』73年8月号)によると、水車のセットをスタジオの横手に作り、さらにその周囲に竹やぶを配置するため業者に竹を運ばせたものの支払う現金がない。すると業者は「大映でも竹を欲しがっている」と、トラックに竹を山積みにしたまま走り去った。スタッフは慌てて近所の左官屋に6千円を借りて追いかけ、どうにか撮影に間に合わせたという。 原作では脇役にすぎない白木静子を原節子に演じさせ、金田一の助手に昇格させた脚色(比佐芳武)が成功しており、全編にわたって眼鏡をかけたままの彼女が、絶妙のタイミングで外すのも良い。文学座のユニット出演で杉村春子が旧家の老女役、宮口精二が磯川警部を演じているが、後年の『犬神家の一族』で高峰三枝子が演じた役は当初、杉村が候補にあがっており、警察署長役には文学座の加藤武が演じたことを思えば、『三本指の男』はミステリ映画としては当を得たキャスティングだったのである。 原作の『本陣殺人事件』は、日本家屋で初めて本格的な密室殺人に挑んだ見事なトリックが仕掛けられているだけに、流石に本作ではしっかりと映像化されている。ただし、それだけでは終わらないところが千恵蔵版の油断できないところではあるのだが。 今も新作が作られる金田一ものと違うのは、〈戦後民主主義〉の風が劇中に心地よく吹き抜けていることだろう。陰惨な事件にもかかわらず、全編にわたって妙に明るくハツラツとしており、古い因習を捨てて新しい時代へ向かう希望が提示される。占領政策が影響しているとはいえ、〈横溝正史の世界と戦後民主主義〉が最も実感を伴って描かれた作品としても貴重である。

20/11/29(日)

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