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水先案内人のおすすめ

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注目されにくい小品佳作や、インディーズも

吉田 伊知郎

1978年生まれ 映画評論家

知られざる独立プロの系譜II プロダクション鷹と名作フィルム発掘〈レイトショー〉

コンビニの雑誌棚の片隅で『一度はみたい!厳選名作ピンク映画』という本を見つけた。いわゆる廉価のコンビニ本である。しかし、著者名が鈴木義昭とあったので、中身を見ることなく、そのままレジに差し出した。先ごろ、37年越しに文庫化された『ピンク映画水滸伝―その誕生と興亡』(人間社)の著者のものなら、“当たり”に決まっている。帰宅後に頁を繰ると、その予感は外れていなかった。著者の体験的ピンク映画考と、それ以前の創世記のピンク映画を追う探究心によって生まれた分厚い地層が織りなす、お手軽ではない一冊だった。こんな本がコンビニの片隅で売られていて良いのかと思いそうになるが、だからこそ良いのだという気にもなる。 この鈴木氏の企画によるピンク映画の特集上映が、ラピュタ阿佐ヶ谷で始まっている。60年代後半から70年代初頭にかけて、プロダクション鷹、葵映画といった独立プロが量産した成人映画をセレクトしたものだが、これが実に貴重な試みなのである。何せ、よく残っていたと思えるようなレアフィルムばかりで、この機会を逃せば、二度と目にする機会は訪れまい。日本映画史の文脈からは、存在すら顧みられることがなかった作品が発掘されて甦るのである。 最初の上映作品である木俣堯喬監督の『亀裂』は、チャタレイ事件以来のスキャンダルを起こした小説を書いた覆面作家をめぐる悲恋の物語。作家の正体は京都の出版社に務める女性記者(水城リカ)で、その秘密を知った同僚と、覆面作家を擁護しようと京都までやって来た大家の作家(木俣堯喬自身が演じている)に、さらにフーテン娘(一星ケミ)まで乱入してくる混戦模様の話ながら、丹念な京都ロケでムードを醸し出して飽きさせない。 16mmの短縮版かつ、保存状態も決して良いとは言えない。実際、本作などは、冒頭に来るべきシーンが、終盤に繋がれているのではないかと疑われる場面もあったが、一般作なら脚本に当たって、正しい構成に修正することが可能だろうが、この時代の成人映画の正誤を確認するのは難しいだろう(まあ、これはかなりの確率で繋ぎ間違いだが)。 そうした悪条件を越えても観るべき価値があるのは、作品の貴重さと共に、ATG、新藤兼人、今村昌平、大島渚、篠田正浩、吉田喜重らの独立プロといった当時隆盛を誇った映画たちの裏面に、知られざる豊穣な映画たちが存在していたという事実だろう。それをマイナー趣味と見る向きもあるだろうが、『亀裂』1本を取り上げるだけでも、現在に至る日本映画と密接な関係を持っている。 ヒロインの水城リカはこの時期、吉村公三郎監督の『眠れる美女』に大きな役で出演しており、以降も一般映画で存在感を見せていた。他にも、サイレント映画時代のスター女優――というより70年代の東映映画の名脇役にして川谷拓三の義母にあたる岡島艶子が出てきたりするので目が離せない。監督の木俣堯喬の長男は、長らくテレビと映画の『相棒』を手がけていた和泉聖治監督である。ちょうど本作が作られた年からプロダクション鷹に入り、父のもとで演出を学び始めた。 こうした視点で観るも良し、純粋に映画として愉しむも良し、既存の評価に惑わされることなく、映写されるまでどんな映画か見当もつかないという映画体験の根源に立ち返ることができるのが、本特集の魅力だろう。

21/9/28(火)

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