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注目されにくい小品佳作や、インディーズも

吉田 伊知郎

1978年生まれ 映画評論家

完全なる飼育 etude

いわゆる“監禁もの”は、映画の一大ジャンルと化している。妄執的な男が、無理やり女性を拉致監禁する設定は、『コレクター』をはじめ、時代を越えて繰り返し変奏されてきた。ちょうど今もストックホルム症候群の語源となった事件を基にした『ストックホルム・ケース』が上映中である。 日本でも若松孝二監督『胎児が密猟する時』や、中島貞夫監督『ポルノの女王 にっぽんSEX旅行』といった傑作があるが、いずれも単なる監禁ものに終始せず、前者は全編をアパートの一室のみで描く濃密な密室描写が突出し、後者は他人と接することが苦手な加害者が外国人女性を監禁するも、言葉が通じないことから何とかコミュニケーションを取ろうとする逆説的な状況が悲哀をこめて描かれていた。 ことほどさように、ワンパターンのようで作り手によって様々なアレンジが可能なジャンルだけに、『完全なる飼育』が同名タイトルを冠したシリーズとして、ストーリーの連続性を持たないかたちで20年以上にわたって作り続けられたのも、そうした理由があったからだろう。   先日、渋谷のシネクイントで『佐々木、イン、マイマイン』を観る前に時間が余ったので近くで何かやっていないかを検索したら、ヒューマントラストシネマ渋谷で上映中だったのが本作だった。上映時間80分。時間つぶしにはちょうど良い。申し訳ないが、そんな気分でチケットを買った。観客は20人ほどである。 しかし、冒頭の寒々とした海岸を荒波に向かって歩いていく全裸の人影を捉えたロングショットに思わず居住まいを正した。その思いは続いて登場する古びた劇場の外観や内装を、艶っぽく撮っていることからも、いっそう強く感じるようになった。撮影は『岬の兄妹』の池田直也。エンドロールで明かされるが、この映画は全編を台湾で撮っている。池田が『パラダイス・ネクスト』で台湾ロケを経験していたことから提案したという。 とはいえ、台湾であることは劇中では明かされないし、外のシーンはごく少ない。大半が古びた劇場の中で行われる演劇公演の稽古の場面のみである。つまり、海外ロケを行うメリットはまるでないのだが、異国籍で時代からも隔絶したかのような空間を台湾に見つけ出したことで映画の奥行きが格段に増し、シリーズの中でも屈指の出来栄えとなった。 今回面白いのが、「完全なる飼育」という舞台公演を行うための稽古という設定になっているところで、藩主の娘である菊姫を拉致監禁した鍛冶職人との物語を上演するために、著名な女性演出家と新人男優とのサディスティックな稽古が繰り広げられるという二重構造になっている。 監禁ものの難点は、どうしても男性が女性を隷属させる構造になってしまうところで、本作では舞台稽古という設定を軸に置き、劇場という密室空間に稽古によって束縛された俳優が演出という名の調教を受けることで、男女の構造逆転を可能にしている。 前衛演劇らしい凝った舞台装置や隠れキリシタンの設定も良く、映画に出てくる演劇は、予算の規模に関係なくチープになりがちな中で、かなり善戦している。 問題となるのはエキセントリックな女性演出家の造形で、その言動はパワハラ、セクハラの範疇を超えるほど凄まじい。しかもその演出家を、舞台と映像ともに親和性が高い月船さららがボルテージの高い演技で迫ってくるので鬼気迫るものがある。 しかし、いくら無国籍的な映画とはいえ、このご時世にこんな演出家いねえだろうと思ってしまうのだが、後半は芸術的な価値と個人の尊厳の物語へと転換していくので現在に呼応する作りになっていて見応えがある。 時間つぶしにふらりと入った劇場で、予想外の作品に不意に出会えてしまうのが、かつての映画の面白さだったはずだが、最近はそんな経験をとんとしていなかっただけに、こんな作品との遭遇は予想外だった。

20/12/5(土)

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