評論家や専門家等、エンタメの目利き&ツウが
いまみるべき1本を毎日お届け!
ダメな人が出てくる情けない話やバカげた映画を中心におススメ
村山 章
映画ライター
COLD WAR あの歌、2つの心
19/6/28(金)
ヒューマントラストシネマ有楽町
素晴らしい、素晴らしいけれど、相当にヘンテコな映画だ。 ポーランドの激動の現代史を背景にした大河ラブストーリーなのだが、政治的な側面は、主人公の男女の本質的な決断にほとんど影響を及ぼさない。いや、影響は及ぼすのだが、ふたりは人生の重大な決断を迫られると、ほぼ間違いなく個人的な感情を優先させるのだ。まるで国家や社会など存在しないかのように。 もちろんミクロな愛憎劇から、マクロな歴史的な背景に思いを馳せることはできる。しかし作品から受ける印象はどこまでもパーソナルで濃密な痴話。たとえ世界がどうなろうと揺らぐことのないひと組の男女の怒涛の半生が、民族音楽、ジャズ、ラテン歌謡など色とりどりの音楽に乗せて綴られる。でも映像は色のない白黒――というコントラストが小憎たらしいほど利いている。 社会と個人、煌びやかさとストイシズム、抑制と激情、相反する両極端な要素が交錯し、他人には立ち入ることのできない男女の業が際立っていく。観客の感情移入や共感に頼ろうとしない絶対零度のアプローチに戸惑いながらも、魅入られずにいられない。そしてこれだけ盛りだくさんなのに88分に収めてしまった手腕にも驚かされる、似たものが思いつかない怪作である。
19/6/25(火)