山手234番館

昭和2年頃、外国人向けの共同住宅として、現在の敷地に民間業者によって建設された。関東大震災により横浜を離れた外国人への復興事業のひとつであり、設計者は隣接する山手89-6番館(現えの木てい)と同じ朝香吉蔵。第2次世界大戦後の米軍による接収などを経て、昭和50年代頃まで共同住宅として使用されていた。平成元年に横浜市が歴史的景観の保全を目的に取得、平成11年から一般公開している。1階は再現された居間を中心に山手地区の洋館のパネル展示、2階は貸し出しスペースになっている。
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