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中井美穂 めくるめく演劇チラシの世界

サモ・アリナンズ『蹂躙さん』

毎月連載

第77回

サモ・アリナンズ プロデュース第28弾『蹂躙さん』チラシ(表面)

1992年に旗揚げしたサモ・アリナンズ。7年ぶりの公演『蹂躙さん』で最後の本公演となります。最終公演にして初の正方形・二つ折りのチラシ。学生服姿の小松和重さんの顔が大きくどかんと配置され、表面にはほぼタイトルのみ。劇団を率いる小松和重さんと、サモ・アリナンズファンにはおなじみのこのテイストのチラシを29年間作り続けてきたナミヘイさんにお話を伺いました。

サモ・アリナンズ公演のデザインを手がけるナミヘイさん(中央)、劇団主宰の小松和重さん(右)と

中井 『蹂躙さん』は第28弾にして最後の本公演。なぜ今回を最後にしようと?

小松 年齢的なことですかね。昔ほど瞬発力もなくなってきたし、脳も衰えはじめているので、そろそろ限界かなと。楽しいことはやり続けたいんですが、サモ・アリナンズの本公演としてはこれが最後にしようと決めました。

中井 引き止める人がいたと思いますが……。

小松 あんまりそういう感じの熱い人はいないんで、「最後っていうなら最後でいいんじゃない」と(笑)。

中井 ナミヘイさんはいつからサモアリのチラシを?

小松 第9弾『BUNTA』(1996)だったよね。

ナミヘイ 旗揚げから公演のお手伝いをしていたので、その流れで、なんとなく。

中井 そんなに昔から。それまで他に演劇のチラシを手掛けたことはありましたか?

ナミヘイ 美大でデザインを勉強していたんですが、学生時代、一番最初に手掛けたのがウッチャンナンチャンの内村さんの劇団SHA・LA・LAで。

中井 懐かしい!

小松 好きで観に行って、「すごく面白いけど、チラシがもったいない」と思ったんですって(笑)。

ナミヘイ で、チラシに載っていた「SHA・LA・LAoffice」に連絡してみたら、出川さんのアパートだったんです。そこで「面白いね、会ってみようよ」と言われて、そこから何年かやっていました。

ナミヘイさんがデザインした劇団SHA・LA・LAの公演チラシとチケット。右から『地球を止めた男』(1990年8月)、『Hey! Tokyo』(1991年2月)

ナミヘイ 当時はコピー機の荒れた写真やイラストが好きでした。デザインは勉強中で、印刷でできる表現の面白さみたいなものに惹かれていたので、シルクスクリーンのような作品ですね。「特色3色まで」と言われていたので、マットやグロスやパール系を使い、光によって柄が浮き上がってくるデザインにしました。改めて見ると、よくもまあ自由にやらせてもらえたなと。私を含めですけどみんな若かったんで(笑)、楽しんでくれたんでしょうね。感謝してます。いい経験でした。

中井 そうでしたか。サモアリとの出会いは?

ナミヘイ 学生の頃、いろいろと演劇を観に行く中で、気まぐれ倶楽部という団体がすごく好きだったんですよ。そこに小松くんが客演していて。

小松 サモアリに入る前に劇団の芝居を観に来てくれるようになって、サモアリ旗揚げから受付とかを手伝ってもらって。チラシは最初、別の方にお願いしていたんですよ。でもその方、僕がいっぱい注文をつけるのがだんだん嫌になったみたいで。そのタイミングでナミヘイが「やってあげるよ」と。

ナミヘイ 「その代わり、私の好きにさせてほしい」と。

中井 それまで注文をつけていた小松さんが、その条件を受け入れたわけですか?

小松 「チラシは一番最初にお客さんに届く、公演の顔だからインパクトがないとだめ。全部任せてくれたら、絶対いいチラシを作るから」と言われたんです。

中井 ナミヘイさんが最初に約束されたとおり、インパクトのある、目を惹くチラシですよね。サモ・アリナンズといったらこれ! という印象はずっと変わらないですね。

ナミヘイ タイトルも「サモアリ文字」と呼んでいるこの形を、私が手掛けた最初から最後まで続けました。

サモ・アリナンズプロデュース第10弾『少年ガッツ団餘話 ガッツー』(1997)
左から、前回公演の『ホームズ』再演(2018)と、『ホームズ』初演(1998)のチラシ(表面)

小松 ロボットだとか、女性の身体とか、ナミヘイがいろんなものに僕らの顔を合成してサモアリのチラシを作ることが多いもんだから、みんなナミヘイがデザインしたチラシは顔を切り抜かれるもんだと思っているみたいで。

ナミヘイ なんかね、みんな顔を切り抜くと喜んでくれるんですよ(笑)。

小松 劇団内ユニットの「ワンダフルズ」の『世界のえほん』の子どもの身体は、片桐仁の息子ですね。写真撮らせてもらって。

中井 面白い(笑)。

小松 昔の演劇のチラシって、広告が載っていたじゃないですか。だからワンダフルズを旗揚げしたときは、いろんな劇団の人から広告を募って、出してもらいました。

サモ・アリナンズPRODUCE 劇団ワンダフルズ第2回目公演『世界のえほん』(2007)チラシ。片桐仁さんの息子さんの写真を使ったという表面(左)と広告を募って昔の演劇チラシ風にした裏面(右)

中井 懐かしい劇団名がたくさん! これは面白い試みですね。これを観て劇団を知る人もいるでしょうし。

小松 みんなけっこう楽しんで出してくれて、これはよかったですね。

裏返してもらえるように、表には何も入れない

中井 シャ・ラ・ラのチラシとサモアリのチラシでは、ずいぶん雰囲気が違いますね。どちらが本来のご自分のテイストに近いものですか?

ナミヘイ どっちもわたし(笑)。

小松 演劇集団円もじゃない?

ナミヘイ ありがたいことに脚本・演出の内藤裕子さんに気に入っていただけて、何作も作ってきました。チラシとチケットと当日パンフ。チケットに関しては、今となっては円だけじゃないかな……。作らせてもらえるのは貴重です。円のチラシは絵の具を使って絵を描いたり、サモアリと同じように題字はフォントを使わず描き文字にしたりしています。時間はかかるけれど、その分愛着が湧きますね。サモアリとは別の楽しさがあります。サモアリも円も、シリーズになっていて集めるのが楽しみになるチラシだといいなと思って作っています。

演劇集団 円『光射ス森』チラシ(表面)当初上演予定だった2020年5月のチラシ(右/コロナ禍で公演は中止)と上演が叶った同年12月のチラシ(左)
演劇集団円の「次世代の劇作家書下ろしシリーズ」3作品連続上演(2005)公演パンフレット

中井 サモアリのチラシは、どんなふうに作りはじめますか?

ナミヘイ チラシの打ち合わせの時はもう、何もないです。

小松 昔だったらタイトルを作家の倉森(勝利)と一緒に考えて、「何もできてないけど、たぶんなんかこんな感じ」というぼんやりとしたイメージだけを伝えて。それだけで作ってもらうんですよ。

ナミヘイ 勝手に作っちゃいます。

小松 できあがったチラシを観て倉森が「こういう衣装にしよう」とか言うこともよくありました。

中井 言ってみれば、合作のようなもの。

小松 ビジュアルに関してはそうですね。

中井 信頼できる人と組んでいるからこそですね。お互いがいいように刺激し合って、形になる。

小松 たしかに。

中井 今回の『蹂躙さん』のチラシは?

ナミヘイ これは再演なんです。だから本多劇場の公演のときと同じ学生服の小松くんを表に配置して、裏は当時の公演チラシに赤入れをしたものを載せて。これ、本当はビニールに入れて完成です。レコードジャケットみたいに。

小松 手渡しの時はこれで渡してます。

レコードのイメージで、正方形のチラシをビニールに入れた形が完成型

中井 これは嬉しいですね! 正方形で、レコードジャケットのイメージ。なぜこうしようと?

ナミヘイ 架空のものを作るのが好きで。過去のチラシでも、雑誌の表紙っぽくしてみたものもありますし、劇団のグッズとして架空の「サモアリ航空」のTシャツを作ったりもしていて。

小松 グッズも全部ナミヘイのデザインなんですよ。

Tシャツにポストカード、ライターケースなど、公演グッズもナミヘイさんがデザイン

ナミヘイ 小松くんもそういうものが好きなので、今回レコードにしてみようかなと。飾るのにもいいし。私、余計な要素は表面に入れないようにしていて。

中井 確かに、歴代のチラシ、どれも表はシンプル。

ナミヘイ 今回のように、表には日にちさえ入れないこともあるくらい。

中井 それはどうしてですか?

ナミヘイ お客さんがチラシ束を見ていく中で、いかに手を止めてもらえるかが重要だと思うんです。情報を入れれば入れるだけ、役者の顔も小さくせざるを得なくなる。絶対に裏まで見てほしいからこそ、表にはなるべく要素を入れないようにしています。

中井 なるほど! 裏を返させるために。でも、それだけ表から情報を排除しているのに、レコードっぽさを出すための「B面 どもえよ涙の海をわたれ」という文言は入れてある(笑)。この発想はどこから?

小松 やっぱり、シングルレコードですから。

ナミヘイ これがA面だとしたら、やっぱりB面もなくちゃ、と。もしこれが気になったら劇場へどうぞという気持ちです。

中井 この印象的なビジュアルは、どのように作っていくのですか?

ナミヘイ 使っているのはデジタルツールだけど、私根っこはアナログなので、とにかく手づくり感を出したいんです。写真を撮って一度モノクロに落とし、それに彩色しています。そうするとちょっと昔の映画ポスターや雑誌のグラビアっぽい感じが出たのが楽しくてやり始めました。だから、わざと Adobe の Illustrator もアップデートせず、古いバージョンのままで使っています。

ナミヘイ 私、図案(デザイン)のお仕事と並行して、親子のモノづくりのワークショップをやっているんですよ。みんなで手を動かしながらじっくりとひとつひとつ作ってゆく。その場の雰囲気と工程を楽しむ。サモ・アリナンズのチラシの核となるわたしのキリヌキも自動ではなくマウスを動かしています。カッターやハサミでちまちま切っている作業とおんなじなんです。仕上がった作画を良く見るとわかると思うんですが……、髪の毛ギザギザで合成感丸出しです。この時代にこんな面倒くさいことをやっているのは私だけだと思いますよ。結果ちょっとコミカルな作品になって、それをみなさんに楽しんでもらえているようで嬉しいですね。小さな頃からわたしは、ちまちま手づくりすることが好き。小学生の図工、図画工作が私の原点なのかなって思います。

中井 面白いですね!  二つ折りの内側にも写真がちりばめられていますが、これは過去のものですよね?

小松 昔のものを組み合わせて使っていますね。

サモ・アリナンズ プロデュース第28弾『蹂躙さん』チラシ(中面)
サモ・アリナンズ プロデュース第28弾『蹂躙さん』チラシ(裏面)

中井 裏面に使われている、前演のチラシもかなりインパクトがありますね。

ナミヘイ YMOのアルバム『増殖』のイメージで、人をたくさん並べました。人民服を学生服に変えて。『蹂躙』は学園モノなので、実際にはそんな場面はないんですけど朝礼が頭に浮かんで……。真っ黒な学ランを着て、ずらっと並んでまっすぐに前を見ている異様な雰囲気が『増殖』の人民服と重なったんです。それで、まんまオマージュとして作ってしまおうと。

中井 ああ、確かに! それにしても、こうして過去の写真を観ると、ちょっと感慨深いものがないですか?

ナミヘイ 裏面のビジュアルは、実際に本多の公演チラシの周りに舞台写真を並べたものを自分で撮影していたんですけど、もうおしまいなのかと思ってけっこう泣けてきちゃって。ずっといっしょにやってきたから。

インパクト大のチラシにはそれぞれ、遊び心満載の楽しいエピソードが

「本当に最後なんですよね?」と確認された

中井 今回の作品はどんなものになりそうですか?

小松 本多の公演のものに手を入れているところです。台本はあくまでもたたき台として、みんなが好き勝手やってくれることを願っていますけど。

中井 最後の公演にこのメンバーを集めたのは?

小松 荒川良々くんは去年、僕の芝居を観に来てくれた日に一緒に飲みに行けなかったんです。そしたら後日動画が送られてきて。酔っ払ってる荒川くんが「サモアリやるって聞きましたよ。俺は出るから!」とずっと言ってたので、真っ先にオファーしました。宮藤(官九郎)くんは過去何度か出てくれてるんですけど、僕も制作も、役者の宮藤くんが好きなんですよ。で、どうせ断られるだろうけど最後だからと声をかけてみたんです。そしたら出てくれることになった。「本当に最後なんですよね?」と確認されましたけど(笑)。

中井 最後だから、楽しみにしている人も多いでしょうね。

小松 「楽しみにしてます!」とすごく言われます。プレッシャーになるから、そんなに楽しみにしないでほしいなと思っていますけど(笑)。

ナミヘイ でも楽しみだよね。

中井 でも楽しみですよ。

小松 やっぱり、楽しくなるとは思います。「俺がなんとかしたい」という責任感の強い人が多いから、僕はあくまでも「やりすぎだよ」と抑える係。あとは「この人がいかに面白いか」を伝える係なので。みんなには稽古中から遊んでもらえたらなと思いますね。

中井 今後、ご自分で公演をやるおつもりは?

小松 一応、ワンダフルズは解散とは言っていないんですけどね(笑)。すごく勝手なことを言えば、ライトな企画ならやりたいなと思いますね。何人かで集まって、20分くらいの芝居とかができたらいい。

中井 いいですね!

中井 楽しみにしています。まずは『蹂躙さん』ですね。作品の雰囲気もチラシも、最後の本公演なのに楽しい要素にあふれていて、湿っぽくはない。けれど、どこかにやっぱりさみしさがありますね。そこがいいとも言えるし、演劇自体がさみしいものではあるけれど。今後も演劇のチラシは作り続けたいと思われますか?

小松 作りたいですね、ずっと。僕も集めてるから。

中井 小松さんのコレクション、ぜひ観てみたいです!

小松 古いのがいっぱいありますよ。

ナミヘイ チラシを作らない劇団も増えていると聞いて、愕然としています。絶対になくなってほしくないですね。印刷物であることに意味があると思うんです。紙の手触りとインクの匂いと……。

小松 チラシは手渡しできるのがいいですよ。

ナミヘイ 『演劇フライヤーコレクション』(PIE BOOKS、2005刊)という本にサモアリのチラシが載っているページがあるんです。この本、昨日メルカリで探したら2つ出品されていて。分厚い本なのに、なぜか両方ともサンプルとしてサモアリのページが開いてあった(笑)。それは妙に嬉しかったですね。そういう、つい目についてしまうようなチラシを作り続けたいです。

取材・文:釣木文恵 撮影:源賀津己

公演情報

サモ・アリナンズプロデュース第28弾
『蹂躙さん』

日程:2025年3月23日(日) ~3月31日(月)
会場:ザ・スズナリ

原作:倉森勝利
脚本・演出:小松和重ブラザーズ
出演:小松和重 家納ジュンコ 佐藤貴史 大政知己 月野木歩美/荒川良々 宮藤官九郎 久保田武人 平田敦子 久ヶ沢徹

プロフィール

ナミヘイ(なみへい)

図案家、図画工作家。女子美術短期大学卒。同専攻科終了、研究科終了。
東京図案堂 https://zuandou.exblog.jp
「図画工作室 太陽のいろ」 https://taiyonoiro.exblog.jp

小松和重(こまつ・かずしげ)

1992年にサモ・アリナンズを結成、座長を務める。2004年より劇団内劇団・劇団ワンダフルズを結成。舞台・ドラマ・映画と幅広く活動中。大河ドラマ「おんな城主 直虎」(2017)、NHK「広重ぶるう」(2024)、映画「日本のいちばん長い日」(2015)、映画「ミッシング」(2024)、NODA・MAP第27回公演『正三角関係』(2024)、ハイバイ20周年『て』(2024)ほか出演。

中井美穂(なかい・みほ)

1965年、東京都出身(ロサンゼルス生まれ)。日大芸術学部卒業後、1987~1995年、フジテレビのアナウンサーとして活躍。1997年から2022年まで「世界陸上」(TBS)のメインキャスターを務めたほか、「鶴瓶のスジナシ」(TBS)、「タカラヅカ・カフェブレイク」(TOKYO MX)、「華麗なる宝塚歌劇の世界」(時代劇専門チャンネル)にレギュラー出演。舞台への造詣が深く、2013年より2023年度まで読売演劇大賞選考委員を務めた。