左から)春風亭昇輔、養老瀧之丞 撮影:橘蓮二
「見えないファインプレー」──春風亭昇輔
噂を耳にしてからずっと聴きたいと思っていた春風亭昇輔さんの『ワンダーマジック』。左右の着物の袖と懐、最後は何と座布団の下まで次から次へと手拭いが瞬間移動する(もちろん落語的に)かつて無いセンスから生み出された落語世界は、想像を越える愉しさだった。しかし、そのズバ抜けた発想力以上に昇輔さんの非凡さを感じたのは理想の落語と自分がいる現在地の見極めがしっかりとできていることだった。『ワンダーマジック』は最も作品のクオリティに敏感な同業の落語家からの評価も上々でお客さまのウケもすこぶる良い。ところが自分が伺った日は少人数だったとは言え、思いのほか客席の反応が鈍かった。終演後、楽屋に戻り悔しい思いを押し殺しながらも清々しい表情で口にした一言に、未来の高座に向かう昇輔さんの真摯な姿勢が表れていた。
「この噺はウケることが多いんですけど……。今日はいい勉強になりました」
昨日までの成功は今日の成功を担保してはくれない。表現は進化させるより深化させなければ長続きすることは困難になる。表現者としてあり続けるには小さな失敗を恐れず繰り返し、日々調整に調整を重ねていく他に術はないのだ。後日、他所で高座にかけた『ワンダーマジック』が以前にも増して大爆笑だったと知り、改めて修正能力の高さと負けん気を感じた。明るく軽やかな高座を観ると一見センスの塊の印象を受けるが、“ウサギと亀だったら自分は亀”、必要なのは瞬発力や直感ではなく、常に落語を絞り出すように考え続けることだと言い切る。完成されたひとつの噺を作ることが困難であっても、同一の個体に異なる遺伝子細胞が共存する“キメラ”の如く、複数の未完成な噺の部分をかき集め、幾度も分解を試み再構成する粘り強さを頼りにする。また端正な高座姿も、昇輔さんの頭に描く絵コンテに沿って最も映えるカメラアングルを探すように稽古するという。無類の映画好きならではの、お客さまからの見え方を意識した表現に不可欠な俯瞰する視点がある。更に泥臭いまでの努力から生み出した苦心の噺であっても決してお客さまに押し付けず評価はあくまで聴き手に委ねる覚悟も持ち合わせている。
たゆまぬ準備に支えられた昇輔さんの落語は事も無げにやってのける、見えないファインプレーのようなしなやかな力強さがある。
「煌めく才気」 ── 養老瀧之丞
和紙を切り拵えた蝶が、仰ぐ扇の風に操られ、まるで生きているように舞い戯れる。江戸期に完成したと言われる和妻の中でも傑作のひとつと謳われ天覧奇術でもある「浮かれの蝶」。その優美な至芸を継承し、日々たゆまぬ研鑽を積みながら日本古来の奇術である和妻の更なるエンタテインメントとしての可能性を追求する若き和妻の担い手 養老瀧之丞さん。その流麗な所作から生み出される「比翼の竹」「夫婦引き出し」そして師匠直伝のダイナミックな「柱抜き」といった妙技の数々からは暫し時を忘れる伝統芸能が持つ美と奥深さを感じる。
もちろん和妻のみに留まらず、トランプやコインなどを使って行う西洋マジックも自在に披露する一流のマジシャンでもある。幼少の頃より手品の魅力に目覚め、16歳からマジック教室で手品の基礎を学び、2009年奇術の大御所 北見マキ先生(1940年-2015年)に弟子入り。マキ先生が寄席出演をしていた縁から、二年間の寄席前座修行を経験。2011年に浅草演芸ホールにて和妻師 北見翼としてデビュー。その後、和妻界の大名跡「養老」を受け継ぎ今年3月 養老瀧之丞に改名した。
とにかく、気づけばマジックの道具を手に取っているというほどの稽古の虫。加えて踊りや新内など他の伝統芸能も貪欲に吸収し、身体表現に磨きをかけ高座に生かすといった努力も怠らない。いったいどのくらいの数のマジックが出来るのか尋ねた時にも、数ではなく質であると明確に答える。本人の言葉を借りるならば、「例えば、分厚い料理のレシピ集があったとして、テクニックでほぼ全ての料理を再現することは出来るが、自信を持ってお客さまに提供出来るものは限られている」と。
そして大切なことは、どうすれば技が成功するかではなく、どうすると失敗するのかを知る事だと言う。現象としては同じように思うが、二つは似て非なるものだ。成功することのみを追うと安全な芸を繰り返し、表現が主観的になりがちだが、客観的な視点を持つことで自身を突き放し、新たな技の挑戦へ向かわせる原動力になる。レベルアップするためには成功の確率を上げる以上に失敗の本質を見極めることが重要だと深く理解している。
将来は和妻の一座を作り全国で公演を行いたいと夢は広がる。その大いなる夢を実現すべく歩みを進める瀧之丞さんの華麗な高座からは煌めく才気が溢れている。
文・撮影=橘蓮二
春風亭昇輔 公演予定
■「第23回鷹治の会」
2022年9月21日(水) らくごカフェ
開場 18:30 / 開演 19:00
■「ゆるいちもん その11」
2022年9月22日(木) らくごカフェ
開場18:30 開演19:00
■10月上席 上野広小路亭昼席前半
2022年10月1日(土)~5日(水) 上野広小路亭
開場 11:30 / 開演 11:50
■「俺たちの時代 ~すっとこどっこい~」
2022年10月1日(土) 道楽亭
18:00 開場 / 18:30 開演
■「我等★華の新作浪漫組 創作台本研究部」
2022年10月9日(日) フリースペース新宿無何有
19:00 開場 / 19:30 開演
■10月中席 池袋演芸場昼席前半
2022年10月11日(火)~15日(土) 池袋演芸場
開場 12:00 / 開演 12:15
■「新作落語コロシアム」
2022年10月12日(水) 深川江戸資料館小劇場
開場 18:30 / 開演 18:45
■「春風亭昇輔勉強会」
2022年10月14日(金) フリースペース新宿無何有
開場 19:00 / 開演 19:30
■「撃鱗NEXT☆他流試合! 撃鱗×ちょちょら組」
2022年10月16日(日) 梶原いろは亭
開場 17:30 / 開演 18:00
■「智丸・昇輔二人会 スケッチ」
2022年10月21日(金) 大阪ツギハギ荘
開場 18:30 / 開演 19:00
■「お江戸日本橋亭 鯉朝と仲間と新作落語 二ツ目時代から新作落語を作り続けた三人が揃います!」
2022年10月25日(火) お江戸日本橋亭
開場 17:30 / 開演 18:00
■「お江戸日本橋亭 細かすぎて伝わらない寄席芸人モノマネ~若手篇~」
2022年10月26日(火) お江戸日本橋亭
開場 17:30 / 開演 18:00
■「ゆるいちもん その12」
2022年11月9日(水) らくごカフェ
開場 18:30 / 開演 19:00
■「春風亭昇輔勉強会」
2022年11月11日(金) フリースペース新宿無何有
開場 19:00 / 開演 19:30
■「第16回 撃鱗‐GEKIRIN‐〈霜月の陣〉」
2022年11月25日(金) 神田連雀亭
開場 18:00 / 開演 18:30
養老瀧之丞 公演予定
■国立演芸場 十月上席
2022年10月1日(土) ~10日(月) 国立演芸場
開場 12:15 / 開演 13:00
■「実はぼくたち同期でした 柳家かゑるプロデュース〜2009年デビューの会〜」
2022年9月25日(日) 池袋演芸場
開場 18:00 / 開演 18:30
■三遊亭歌橘 落語道場 研鑽会(スペシャルゲスト)
2022年10月23日(日) あしかがフラワーパークプラザ(足利市民プラザ)文化ホール
開場 12:00 / 開演 13:00
プロフィール
橘蓮二(たちばな・れんじ)
1961年生まれ。95年から演芸写真家として活動を始める。人物、落語・演芸を中心に雑誌などで活動中。著書は『橘蓮二写真集 噺家 柳家小三治』『喬太郎のいる風景』など多数。作品を中心にした「Pen+」MOOK『蓮二のレンズ』(Pen+)も出版されている。落語公演のプロデュースも多く手がける。