左より)春風亭いっ休、柳家小太郎 撮影:橘蓮二
「優しい視座を持つ落語家」──春風亭いっ休
“表現力が高い落語家”は押し並べて“観察力が優れた表現者”である。他者の心の動きをいち速く察知し目の前に現れる事象の細部に目を凝らす。日々移り変わる観客と対峙し最適な演目を選び届けるには均整の取れた観察眼が必要だ。新二ツ目・春風亭いっ休さんが描くお客さまとの距離を保ちながら空間に気持ちを溶け込ませる一体感ある高座には確りと準備された多角的な思考と視点が存在している。
2018年2月三番弟子として春風亭一之輔師匠に入門、見習いを経て2019年7月より前座となり寄席の楽屋入り、2023年11月上席二ツ目に昇進した。北海道出身。地元の高校から京都大学理学部に進学、在学中は動物行動学を学びながら落語研究会に所属。その後落語の魅力に目覚めプロの道へ。大学時代に勉強していたこと(動物行動学に於ける行動の機能、メカニズム等々)が現在の活動に何か役立っているかの問いに、全く無いです。との答えを得ても、聴くほどに観るほどに高座で展開される深く読み込んでいくような立体的な人物造形を見るにつけ、人間という動物の微細な動きも見逃さない眼力を感じる。実際、与太郎は楽屋で見つけた実在の人物(現在はいない)がモデルになっている。
そして落語で重要視している点は新作、古典にかかわらず何度聴いても楽しめる作品を作ることと変なところを1カ所だけ入れて噺をずらすこと。さらに演じる上では物語を語るのではなく目の前の相手と会話することを意識しているという。噺をずらすとはストーリーに緩みを持たせることで余白が生まれ想像力が働き笑いが生まれ易くなる。また登場人物ときちんと会話が成り立てば台詞の浸透力が高まり演者も観客も落語の世界により深く入り込める。もちろん頭でっかちな理論のみが先走っているのではなく実践から獲得した疑問をひとつひとつ確かめながら一席終わったら必ずその日かけた噺を浚い次の高座に向けての手直しを怠らない。
人間観察を深化させ普段は気付かない場所に仕舞われている細やかな感情を掬い取り落語世界に生きる人々のキャラクターをよりくっきりと際立たせるいっ休さんの落語の根底には他者に対しての深い愛情とリスペクトを感じる。思考と表現力を強固に繋げるには先ずは誠実に人と向き合うことが大事。どんな壮大なドラマも些細な日常の中で行き交う人々の切なる想いの集積である。時代を超えた普遍的な物語を生み出すには表現者のフラットで温かな眼差しが肝要。“優しい視座を持つ落語家”春風亭いっ休さんの落語は何とも心地いい。
「誰のものでもない個性」──柳家小太郎
愛嬌たっぷりの柔らかな空気感を纏いながらしなやかで芯が通った安定感のある高座姿はひときわ目を引く。前座時代は毎日師匠の家で手作りの朝食をご馳走になってから寄席に通っていたほど周囲の皆に愛されるチャーミングさと決して折れることの無い粘り強さが同居する逸材である。柳家小太郎さん。大学在学中、お笑い芸人になることを夢見て漫才をやっていたが自身が持つ声のトーンと称賛も挫折もひとりで請け負う落語が自分には向いていると直感し大学を中退、2018年3月柳亭左龍師匠に入門、2019年7月前座名「左ん坊」で落語家としての第一歩を踏み出す。4年間の前座修業を経て2023年11月上席より二ツ目に昇進し「柳家小太郎」と改名した。
前座さんの頃から大観衆が詰めかけた開口一番を任されても緊張感に呑まれることなく観客の反応をキッチリ受けとめてから自分のリズムで語れる実力には驚かされた。登場人物の想いを如何に噺に込めるか物語の何処に着目するのか、落語へ真っ直ぐに向かう探求心の深さが高座の至るところに感じられる。前座時代は一切噺を崩すことなく徹底的に基礎を築き上げ、二ツ目昇進間近になってからは“同じ落語家は二人いらない”を肝に銘じながら自分と他者との差異を分析し誰かのコピーではない面白味に繋げるために試行錯誤を繰り返す。片時も頭から落語を離さず、日常生活のある瞬間にフッと浮ぶ噺の細部に発見した改良点を丁寧に精査するなど日々たゆまぬ努力で手の内に入れたネタの数は既に30席を超える。精進を重ねる中でも特に“発声”には重点を置いている。身体全体を連動させ無理なく自然に聴き手の耳に馴染む声を生み出すために毎日のストレッチを欠かさない。表現を最短距離で届けるには肉体と思考の一方に傾き過ぎず、各々の入力と出力のバランスを上手く一致させられるかが大事だ。なかなか簡単に出来ることではないが、力を出すには綺麗に脱力すること、着想の訴求力を高めるには客観的で柔軟な緩みを持たせることが不可欠だ。
小太郎さんが落語家を目指した頃は寄席に入る迄に暫く順番待ちするほど入門希望者が多かった。仲間でありライバルでもある数多の才能が集まる中を生き抜いていくには優先されるのは他者よりもいち早く前に出てアピールすることではなく、一歩一歩着実に足元を固めながら己の核心に存在する“自分が信じる落語”の手触りを感じることだ。柳家小太郎さんの落語には嘘がない。その真っ正直な落語愛こそが誰のものでもない小太郎さんの確かな個性になっている。
文・撮影=橘蓮二
春風亭いっ休 公演予定
公式サイト:
https://ikkyuu-rakugo3.webnode.jp/
■いっ休入魂1
2024年1月13日(土) 東京・らくごカフェ
開場 18:30 / 開演 19:00
■橘家圓太郎独演会その二
2024年1月14日(日) 愛知・大須演芸場
開演 14:00
■第1回いっ休・蝶の治二人会
2024年1月30日(火) 東京・グリーンホール環七野方
開演 16:00
■いっ休入魂2
2024年2月12日(月) 東京・らくごカフェ
開場 18:30 / 開演 19:00
■春風亭いっ休二ツ目昇進記念落語会
2024年2月19日(月) 東京・内幸町ホール
開演 19:00
■春風亭いっ休二ツ目昇進記念落語会
2024年2月19日(月) 東京・内幸町ホール
開演 19:00
柳家小太郎 公演予定
■年忘れ二ツ目の会
2023年12月28日(木) 東京・浅草演芸ホール
開場 11:30 開演 11:40
■小太郎昇進祝いの会
2024年2月3日(土) 東京・日本橋社会教育会館
開演 14:00
プロフィール
橘蓮二(たちばな・れんじ)
1961年生まれ。95年より演芸写真家として活動を始める。人物、落語・演芸を中心に雑誌などで活動中。著書は『橘蓮二写真集 噺家 柳家小三治』『喬太郎のいる風景』など多数。作品を中心にした「Pen+」MOOK『蓮二のレンズ』(Pen+)も出版されている。落語公演のプロデュースも多く手がける。近著は『演芸場で会いましょう 本日の高座 その弐』(講談社)。