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演芸写真家 橘蓮二のごひいき願います! 〜落語・演芸 期待の新星たち〜

松林伯知先生、入船亭扇七さん ごひいき願います!

毎月21日連載

第32回

左より)松林伯知、入船亭扇七 撮影:橘蓮二

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「才能が入る器」──松林伯知

“できない”表現と“やらない”表現は一目瞭然である。状況を見極め“キチンとやらない”ためには受け手の想定の遥か上をゆく知識量と経験値そして鋭敏な感性が求められる。今春、三代目襲名と同時に真打ち昇進を果たした気鋭の講談師、松林伯知先生の高座は心を委ねて楽しめる包容力とダイナミック且つ繊細な所作による描写、さらに豊かな語彙力を感じさせるグリップの効いた台詞廻しに惹き付けられる。

中学生の頃より新撰組に傾倒、高校時代は図書委員を務める読書家。とにかく調べものが大好きで国立国会図書館通いは現在も続いている。東京女子大学文理学部史学科に進学、狂言研究会に所属し、歴史好き古典芸能好きに拍車がかかる。様々な伝統芸能を勉強した上で何故講談の世界に飛び込もうと決心したかの最大の理由は歴史を自由に物語の中に反映させられることだと言う。2009年古典は元より絶妙な歴史の盛り込み方と多彩な演出で数々の新作講談を創作し続ける神田紅先生に入門、11月より前座名「真紅」で楽屋入り、2024年3月真打ちに昇進した。

評価の高い古典に加え100作を越える新作講談を生み出すセンスもさることながら、これまでに見聞した全ての経験を秩序立てて分析する知性と捉えた感覚を講談にどう取り込んでいくかを常に念頭に置き実践できる行動力は才能が入る器が如何に大きいかが伺い知れる。「情報を盛り込み過ぎない」との師匠の教えを守り、膨大な時間をかけ仕入れた知識も高座では程よく手離しカットしながら現代的な言葉も交えシンプルに伝えることを心掛ける。狂言での経験も複数の演者が台詞を掛け合う本狂言よりも能の中でひとり語りと謡いで物語を進行させる間狂言(あいきょうげん)に自身の適性を見出だし観客との間合いの取り方に活かすなどどんな局面に於いても冷静に吸収できる力が素晴らしい。加えて幕末から昭和にかけての人物伝やお客さまを巻き込みながら一緒に楽しむ昭和歌謡講談等など、自由自在な講談の魅力を最大限に発揮する柔軟な発想と取り組み方が講談界を一段と押し上げていく大きな力になっている。

「歴史を盛り込んだ後世に残る作品を数多く残したい」と真打ち昇進に際し憧れ続けた名跡を継いだ三代目の決意は揺るがない。「新旧なんでもこいの伯知」と言われた初代、花形活弁師から華麗に転身した二代目、共にマルチでサブカル、代々時代を軽やかに駆け抜けた生粋のエンターテイナーだった。新時代の「松林伯知」が躍動する。その姿に未来の講談界で三代目が語り継がれることを予見させる。

「いいもの、見つけちゃった」──入船亭扇七

人は新たな行動に向かう時、周囲の者だけでなく自分自身をも納得させる特別な理由を無意識に探してしまうが殆どの場合は後付けである。立川談志師匠の名言のひとつ「直感は叡智」が物語るように初期衝動に優るものはない。様々な機会に嫌と言うほど尋ねられてきたNHKアナウンサーから落語家を目指した時の心境を扇七さんは敢えて言い変えるならばとこう表現した。「いいもの、見つけちゃった」。

2012年法政大学法学部卒業後、NHK福井放送局に入局。順調にアナウンサーのキャリアを積んでいたが、気付けば落語家として生きる未来を“見つけていた”。落語に興味を持つきっかけがCDなどの音源ということもあり2016年退職後はフリーアナウンサーの活動をする傍ら土日毎に寄席通いを続け積極的に生の落語を体感、吸収していった。そんな落語三昧の週末を過ごす日々の中で出会った入船亭扇遊師匠の流れるようなリズム感を伴った美しい日本語の響きと雄弁且つ端正な所作で魅せる高座に心を奪われた。2018年4月入門、見習い期間を経て2019年4月前座名「扇ぱい」で前座修業を開始、2024年5月下席より「扇七」と改名二ツ目に昇進する。

アナウンサー、落語家、共に言葉を介在させて受け手に情報なり物語なりを過不足なく届けるのが生業だが、双方の差異を的確に捉えて語れる扇七さんの高座はとても表現の均整が取れている。アナウンサーの場合だと伝える内容に自身の主義主張を除いた中立性を意識する事が重要だが落語は登場人物の感情をトレースして噺を形作ることで物語の奥行きが出る。

扇七さん曰く身体の外側にあった言葉が落語家になってからは一旦言葉を取り込んでから出す感覚になったという。さらに耳心地抜群の声質は言うまでもなく芯が崩れない姿勢と真っ直ぐな視線を保持しながら間を取って喋るアナウンサー時代に培った技術は落語に於ける叙述説明による描写、いわゆる地噺に存分に活かされている。地の語りから会話に至るスムーズな台詞の出し入れは明確なイメージ喚起力がある。加えて空間の気配を察知することにも長け観客との距離感の保ち方も綺麗だ。そこには知らずうちに他者を置き去りにしていないかと常に気配りを忘れない優しい心情が重なっている。そして何と言っても言葉に対しての感度がとても高い。喜怒哀楽全ての感情が宿るひとつの言葉の外側にも内側にも無限の深さと広さがあることを熟知している。入船亭扇七さん、前職を知り現職を見詰めると“言葉と共にある表現者”になるべくして生まれてきたのだと心から思う。

文・撮影=橘蓮二

松林伯知 公演予定

公式サイト:
https://hakuchi3.com/

■未来サポートプロジェクトvol.16<伝統芸能スペシャル"講談">
2024年9月7日(土) 茨城・ACM劇場
開場 13:30 / 開演 14:00

■第六回 夢空間講談会
2024年9月25日(水) 東京・イイノホール
開場 18:00 / 開演 18:30

■日本講談協会定席
2024年9月28日(土) 東京・上野広小路亭
開演 13:00

■第80回 羽村ゆとろぎ寄席
2024年9月29日(日) 東京・プリモホールゆとろぎ
開場 13:30 / 開演 14:00

■10月花形演芸会
2024年10月19日(土) 東京・渋谷区文化総合センター大和田
開演 14:00

入船亭扇七 公演予定

公式サイト:
https://iri1007.com/

■謝楽祭2024 二ツ目寄席 第二部「幽霊噺で涼みましょう」
2024年9月8日(日) 東京・湯島天満宮梅香殿
開演 12:15

■祝・扇ぱい改メ入船亭扇七二ツ目昇進 扇遊・扇七親子会
2024年9月14日(土) 東京・なかの芸能小劇場
開演 14:00

■第13回 だるま寄席
2024年9月21日(土) 北海道・ダルマホール
開演 15:00

■原宿×落語 vol.12
2024年9月24日(火) 東京・主役は「あなた」原宿
開演 13:00

■ぼくらの落語道
2024年9月27日(金) 東京・津の守
開演 18:30

プロフィール

橘蓮二(たちばな・れんじ)
1961年生まれ。95年より演芸写真家として活動を始める。人物、落語・演芸を中心に雑誌などで活動中。著書は『橘蓮二写真集 噺家 柳家小三治』『喬太郎のいる風景』など多数。作品を中心にした「Pen+」MOOK『蓮二のレンズ』(Pen+)も出版されている。落語公演のプロデュースも多く手がける。近著は『演芸場で会いましょう 本日の高座 その弐』(講談社)。