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和田彩花のアートさんぽ

「池袋モンパルナス」に導かれて──板橋区立美術館

毎月連載

第1回

パリからお届けしていた連載がリニューアルし、またまた日本の美術を紹介する機会が訪れました。フランスから帰ってきた私の関心事といえば、ずばり脱西洋中心主義とでもいえば良いでしょうか。白人中心主義はまだまだ根強いフランスでアジア人として生活する経験、日本では群馬と東京の往復で徐々に育まれていた多・他視点が一気に開けていきました。

これから日本で何を発信したいかを考えたとき、やはり大都市で巡回されるような大型の企画展というよりも、地域に根ざした美術館や個性的なアートスポットを紹介したいと考えるようになりました。取材先はどうしても関東になってしまいますが、記事を読んでくれた方がさまざまな美術館に関心を持ってもらうきっかけになればいいなという密かな願いを込めています。

第一弾の取材先に選んだのは、板橋区立美術館です。なぜなら、高校時代の恩師に大人になったときに読んでほしいと『池袋モンパルナス 大正デモクラシーの画家たち』(宇佐美承著)という本を贈ってもらったのですが、それからずっと頭の片隅にあった「池袋モンパルナス」に関しても研究されているとH Pで知ったからです。それから、これまでも何度かこの本を読もうとしたのですが、面白く感じるには時間が必要だったようで、このタイミングで「池袋モンパルナス」を知ろうとしなければ、なかなか本を読み終えることもなさそうな気がしました。

「池袋モンパルナス」とは、昭和の初め頃から戦後にかけて、池袋周辺に点在した芸術家たちの集落です。
豊島区、板橋区方面に電車で向かっているとき、本に出てきた要町や千川という地名だけで興奮していました。この取材がなかったら、この場所をなんとも思わず通りすぎてしまう自分がいたかもしれないな。

赤塚溜池公園の一角にある板橋区立美術館。私が訪れた3月上旬は梅の花がきれいに咲いていました

区立美術館って、なんとなく駅から少し離れた場所にあるイメージです。アクセスの良さが重視されがちな世の中ではありますが、休日に街の雰囲気を観察しながらちょっと足をのばしたところにある美術館へ行くのが大好きなんですよね。都会の利便性から離れる時間が私には心地よいです。

1979年に初の区立美術館としてオープン。2019年にリニューアルした館内はどこもきれいです

板橋区立美術館では現在『シュルレアリスムと日本』という展覧会が開催されています。今回は、こちらの展覧会と私が興味を持った「池袋モンパルナス」について紹介していきます。この取材では、この展覧会を企画した板橋区立美術館学芸員の弘中智子さんに案内していただきました。

シュルレアリスム宣言から今年でちょうど100年という節目を記念する展覧会『シュルレアリスムと日本』。弘中さんは10年以上前からこの企画をあたため、シュルレアリスム宣言から100年記念の今年、2024年を待ち続けていたそうです。

『シュルレアリスムと日本』を企画した板橋区立美術館の弘中智子さん(左)

フランスの詩人アンドレ・ブルトンによって宣言された芸術運動シュルレアリスムの日本での受容の変遷をまとめた展示です。ヨーロッパでの滞在経験のある東郷青児や福沢一郎ら日本におけるシュルレアリスムの先駆者たちから、日本全国を巡回し影響を及ぼした「巴里新興美術展覧会」、複数の絵画グループの発足と瀧口修造や山中散生らによる支援、靉光や浅原清隆を代表するシュルレアリスムの円熟期、そして軍事体制下と戦後の社会変化の影響と画家たちの動向までを追っていきます。

1929年の「二科展」に出品された古賀春江《鳥籠》(中央)、阿部金剛《Rien No.1》(右)など日本におけるシュルレアリスム表現における先駆者たちの作品も展示されています

「一人一作品と限定することでたくさんの画家を紹介しています。作風が変化していく重要な画家については2点展示しています」と弘中さんが説明してくださいましたが、知らなかった画家や作品に出会う機会にもなりそうです。

西洋絵画ばかり見てきた私は、新しい出会いの連続でした。とくに印象的だったのは、軍事体制下に描かれた福沢一郎の《人》(1936年、東京国立近代美術館所蔵)という作品。
福沢が当時、理想的な場所と宣伝されていた満洲国を旅行した後に制作された作品です。「実際はだだっ広い土地があるだけで、福沢は現地の人が地べたで昼寝をする姿、塀から土が欠ける様子などをデッサンしてきたようです。宣伝されていたような“理想郷”とは程遠い場所だったのですね」(弘中さん)

福沢一郎《人》1936年 東京国立近代美術館蔵

画面には座り込む二人の人物と背後には湾曲した飛行機が描かれています。足を抱え俯きがちな人物たちはどことなく悲しげ。よくよく見てみると人物の肌が欠けているなど綻びを発見しました。「中身が空洞の人物であること、ぐにゃりとした飛行機から希望を見出せないことも相まって、実態のなさを暴いています」と弘中さんが解説してくださいました。

日本で活躍した画家や作品について知らないことが多く、ヨーロッパの絵画ばかり見ていた自分がなんだか情けなくなりました。

日本近代絵画の流れを解説している一般向けの書籍があまりなく、ショップでは少し専門的な本が並んでいるというお話も聞きました。このような展示を通して、日本の近代絵画の魅力がたくさんの人に届くといいな。

『シュルレアリスムと日本』展には、「池袋モンパルナス」の画家たちの作品も出品されています。ここからは、板橋区立美術館で収集・研究されている「池袋モンパルナス」についてもお話しを聞いていきます。

1Fのラウンジにて。「池袋モンパルナス」についての資料をたくさん用意してくださいました

1930年代の池袋周辺には、「池袋モンパルナス」と呼ばれているアトリエ村が存在し、画家や彫刻家、詩人などさまざまな分野の芸術家が住んでいました。また、池袋に住んでいた寺田政明、古沢岩美、井上長三郎らが戦後にアトリエを求めて板橋区に引っ越していたこともあり、板橋区ゆかりの作家として作品を収集するなかで、自然に彼ら彼女ら周辺の画家たちの作品も集まってきたようです。

豊島区との区界、板橋区内にも「みどりが丘」「ひかりが丘」と呼ばれるアトリエ村があったそう
ゆかりの作家たちの貴重な写真(※展示のための拡大写真)も見せていただきました。左から井上長三郎、寺田政明、靉光、背後に見える板の外壁はアトリエ付き住宅に特徴的なものだそう

「何が面白いって、アトリエ村ではお隣、そのお隣も芸術家や友達が住んでいるので、お互い刺激になっていたのではないでしょうか。アトリエ付き住居にはお風呂もなく、芸術家たちの溜まり場の一つになっていた銭湯も情報交換の場になっていたようです。とても恵まれていますよね。友達と一緒に勉強すればやる気が出るように、もう一つの学校のようであり、自分のアトリエではあるけども、みんなで描くという気持ちが生まれたのがこの池袋ではないでしょうか。だからこそ、作家たちの絵が深まっていく場でもあったのではないかと思います」と弘中さんは熱く、楽しく語ってくださいました。

「池袋モンパルナスに井上や寺田が引っ越した時期は、ちょうどシュルレアリスムの盛り上がりと重なるため、アトリエ村でも話題を集めていたようです」と弘中さん

それぞれ所属しているグループや団体が異なっていても、池袋に住んでいる画家としての交流や展示に参加するというのも一つの特徴だったそうです。このようなアトリエ村を通して、異なるジャンル・分野の芸術に気軽に触れられる環境があったのはとても素敵なことですね。

現在残っているアトリエ付き住宅は保存用で一軒のみ、当時画家たちが集まっていた居酒屋や銭湯も建て替わってしまっているとのこと。
東京は建て替えが激しいとよく耳にするけれど、画家たちが楽しく過ごしていた場所を巡ることすら難しくなってしまっているのはなんだか寂しいです。こんなときこそ地域ゆかりの画家の情報、資料、作品を収集する美術館という場所が大切になってきますね。

近くに住んでいるからこそ目に入らないものってあったりすると思います。都心部の美術館の数と質はもちろん充実していますが、地域ゆかりの芸術について知るきっかけをお届けできたら嬉しいです。

撮影:村上大輔

板橋区立美術館

1979年に東京23区初の区立美術館として開館。開館40年を迎える2019年にリニューアルオープン。江戸狩野派をはじめとする近世絵画、大正から昭和初期の前衛美術、板橋区ゆかりの作家の作品を収集しており、江戸文化や池袋モンパルナスに関する展覧会などを開催。また、イタリア・ボローニャ国際絵本原画展をはじめとしたイラスト、デザインに関する展覧会も行っている。
https://www.city.itabashi.tokyo.jp/artmuseum/index.html

【展覧会情報】
『シュルレアリスム宣言』100年 シュルレアリスムと日本
会期:2024年3月2日(土曜日)〜4月14日(日曜日)

1924年、フランスの詩人アンドレ・ブルトンの「シュルレアリスム宣言」によって創始され、20世紀の芸術、思想、文化に広範な影響を及ぼしたシュルレアリスム運動。宣言の発表から100年を記念し、1920年代後半から戦後にいたるまでの日本のシュルレアリスムの展開を最新の研究結果もふまえながら紐解いていく展覧会。東京のみならず日本各地で展開し、戦中、戦後の激動の時代、シュルレアリスムという前衛表現によって時代と対峙した画家たちの軌跡を約120点の作品で紹介する。

プロフィール

和田彩花
1994年生まれ。群馬県出身。2004年「ハロプロエッグオーディション2004」に合格し、ハロプロエッグのメンバーに。2010年、スマイレージのメンバーとしてメジャーデビュー。2015年よりグループ名をアンジュルムと改める。2019年にアンジュルム及びハロー!プロジェクトを卒業し、以降ソロアイドルとして音楽活動や執筆活動、コメンテーターなど幅広く活躍。2022年、フランス・パリへの留学を経て、2023年にはオルタナティブバンドLOLOETを結成。4月からは愛知、京都で初のライブツアー「LOLOET NEW TRIP TOUR 1」を開催する。