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和田彩花のアートさんぽ

空間全てにこだわりの詰まった「民藝運動」の拠点──日本民藝館

毎月連載

第4回

日本民藝館の入口の扉を開けると、目に飛び込んでくる磨き込まれた木製の大階段と広い吹き抜けの空間

大ぶりの雨が降り続けた梅雨のある日、駒場東大前駅で初めて降りました。駅から少し歩くと美味しそうなパン屋さんもあって、次の週末にまた来たいなんて思いながら辿り着いた今回のアートスポットは、日本民藝館。 日本家屋にあるような横へ開ける木製の扉が民藝館の入り口です。ガラガラ、アルミのサッシとは違った温もりある木の音。扉を開けると立派な階段と天井高く広いエントランスへ。

今回は、日本民藝館と、こちらで8月25日(日)まで開催中の展覧会『柳宗悦と朝鮮民族美術館』を紹介します。私たちを案内してくれたのは、日本民藝館学芸員の古屋真弓さんです。

案内して頂いた日本民藝館の古屋真弓さん

日本民藝館は、「民藝」という美の概念の普及と「美の生活化」を目指す民藝運動の本拠として、思想家の柳宗悦らにより企画・設計され、1936年開設されました。民藝館では靴を脱ぎ、スリッパに履き替えます。このエントランスでは、靴を脱いだ状態でお家にいるかのようなリラックスした鑑賞時間を提案し、入り口に一段高さがつくことによって、自然を取り入れながら害虫による影響を最小限にできるのだそう。

ここ本館では、展覧会『柳宗悦と朝鮮民族美術館』に関連するものと、両脇にある小部屋それぞれにテーマを設けた併設展を見学できます。

さっそく展示を見ていこうとすると、どう回ったらいいかと少しオドオド。というのも、展覧会がどこから始まっているのかわからなかったのです。そんなとき学芸員の古屋さんはこう言ってくれました。「民藝館には順路がなく、来館者が積極的に鑑賞順路を決めていけるようになっています。一般的な展覧会にある章立てや作品の解説文などを用意していないことも特徴のひとつで、情報などではなく直観で作品と触れていくことができます。どこから見てもいいですよ」

なるほど、民藝館では作品との自由な時間が叶うのですね。

そんななか、展示物に添えられた作品名を記載した手書きの小さなパネルを発見。「ものの美しさを損なわせずに最小限の情報を伝える工夫として、漆板に、朱で作品名を書くことが採用されました。今は、漆の板の代わりに黒いパネルを用いています」(古屋さん)

展示作品のキャプションや、展示室の企画名なども黒地に朱の手書き文字で書いたものが添えられています

驚いたことに、民藝館のこだわりは作品名を示したパネルだけではありません。なんと、展示ケースも民藝館に合わせて設計されたもので、当時のものを今でも踏襲しているのだそう。家でも使われていそうな棚は、私と民藝品の距離を近づけてくれます。ここへ遊びに来られるお客さんは、民藝の器などを見て盛り付けたい食べ物について話したり、他には家に持って帰りたいなんていう話が聞こえてくることもあるんだとか。

作品が設置された棚や展示ケースひとつひとつが美しく味わい深いもの

2階の展示室では、掛け軸が印象的です。 掛け軸に描かれた画題は、2頭身の人物やおかしな顔をした動物たちの姿。遠近感をあまり気にせず描かれていたりするなど、画面の構図も斬新な物ばかり。楽しくて、掛け軸の前では心が和んでいきます。 「これらの掛け軸の表具は、柳によってデザインされたものもあります。斬新な色合いの表具もありますし、軸先は河井寛次郎や濱田庄司などの作家が制作したものもあり、掛け軸全体の見え方を大切にしていました」(古屋さん)

とくに表具の色の組み合わせ方がとてもすてき。明るい橙色に緑、桃色や水色が画中の色彩と呼応するように仕立てられています。こんなに表具に夢中になったのははじめて。

2階の「朝鮮時代の工芸―絵画と石工」のコーナー
表具の色合いや組み合わせも独特で楽しいものばかりです

何気なく展示室の窓に取り付けられている藍色の絞り染めカーテンも、来館者の方から人気なのだそう。 民藝館は展示されたものだけでなく、温もりある建物や展示ケース、休憩用の椅子、カーテンまで空間全てにこだわりがたくさん詰まっています。天気や時間帯によって、建物の印象もグッと変わりそう。

展示室の雰囲気にぴったりな藍染のカーテンもステキです

次に発見したのは、小さな魚の形をした焼き物? これは水滴という、書の墨を磨る際に、硯に水を足していく道具だそう。なんと、魚の口から水が出てくるようになっています。かわいすぎる。「朝鮮時代、書は嗜みのひとつとされていました。韓国の書道具はたくさん残っており、さまざまな造形の水滴を見ることができます」

かわいい焼き物を発見!
よく見ると魚やカエルの口に小さな穴があいていて、水が出るようになっています

魚に続いて、カエルの口から水が出てくるもの、建物を模したもの、長寿を願う桃の形をした水滴まで。お気に入りの水滴をぜひ見つけてみてくださいね。

展覧会のメインとなる新館の大展示室へ向かっていくとき、大きくてずっしりした壺が屋外に設置されていました。「これは韓国のキムチ壺です。この壺を土の中に埋めると凍らせてしまうことなく、程よく発酵が進んでいくようです。借景に展示している壺は、ときどき場所を入れ替えています」(古屋さん)

新館大展示室前のテラスには大きなキムチ壺が!
あいにくのお天気でしたが、隣の駒場公園の緑が雨に濡れてきれいでした

本来だったら土の中に埋まっているキムチ壺が、こうして民藝館を彩るものとなっていることに民藝の精神を感じて、なんだかグッときてしまいました。

企画展『朝鮮民族美術館設立100年記念 柳宗悦と朝鮮民族美術館』の展示が行われている新館の大展示室

さて新館の大展示室では、柳宗悦が民藝運動を始めるきっかけとなった朝鮮時代の壺《染付秋草文面取壺》が展示されています。思ったよりも小さく、日常で使われているところが想像できそうな親しみやさが印象的です。よく見ると、壺の表面が茶色くなっています。聞いていいのかと思いつつ、この部分は汚れであるかを古屋さんに尋ねてみました。「そうです。醤油か味噌みたいなものを入れていたんじゃないかと言われています。民藝館では使われた痕跡もものが育っていく、美しさの一部と考えています」

柳宗悦が朝鮮工芸に関心をもつひとつのきっかけになったのがこの《染付秋草文面取壺》だそう。よくみると表面に茶色のしみのようなものが見えます
《染付秋草文面取壺》(瓢形瓶部分)金沙里窯 朝鮮時代〔朝鮮半島〕18世紀前半
写真提供:日本民藝館

民藝館では、もの自体の美しさはもちろん、ものが民藝館にくるまでどのように使われているのかの背景まで想像できる時間がとても楽しかったです。

最後に、民藝館の向かい側にある西館(旧柳宗悦邸)を見ていきます。ここは、第2・第3水曜日と第2・第3土曜日のみ公開されています。 西館の入り口になっている部分は、1880年代に日光街道沿いに建てられた豪農の長屋門だそうです。その長屋門をここへ移築し、門に合わせて母屋が建設されたのだそう。 屋根には大谷石の瓦が使われており、重たい屋根を支えるための重量感ある梁も見どころです。

道路を挟んで本館の向いに建つ西館は、日本民藝館開館1年前の1935年に完成。柳宗悦が72歳で亡くなるまで生活の拠点としました
画像提供:日本民藝館

西館に入ってすぐのお部屋は、柳宗悦の奥さんで、声楽家の兼子さんの記念室です。兼子さんが開いた音楽会で得た収入は、柳の調査を支えたのだそう。そんな兼子さんは、声楽家としてより綺麗な発音のドイツ語で歌うために、また自分の力試しも兼ねて10ヶ月間ドイツに渡りました。パワフルな女性像に圧倒されますが、古屋さんは続けます。「もし時代が違えば、兼子さんはドイツでもっと活躍していたかもしれないですよね。自立した女性であると思うとともに、ご本人はどう思っていたかわからないですね」

入口に入ってすぐのところにある柳兼子記念室

食堂は、板張りの洋室と畳敷きの和室がある和洋折衷のスタイルです。ダイニングチェアと小上がりの畳に座ったときの目線が同じ高さになるよう設計されているようです。食堂の家具には、イギリス、韓国、フランスのものが違和感なく、組み合わせられています。

ゲートレッグテーブルが置かれた板張りの洋室と、一段上がったところに和室が設けられている和洋折衷の食堂

西館2階では、夫婦の部屋や柳の書斎、柳宗理さんが使っていた部屋を見学できます。この邸宅をずっと見てきた古屋さんからこんな言葉を聞きました。「柳の邸宅を見ていると、“いいかこんな感じで”という妥協点が全くないんですよね。細かく気を遣い、目を配らせているけれど、息苦しくないバランスが絶妙です」

書斎の本棚には柳の蔵書がぎっしり

情報で溢れる現代、ものの価値を自分で判断する機会が少なくなっているかもしれません。おすすめの商品はたくさん表示されるけど、いつでもわたしが良いと思ったこと、ものを大切にしたいです。 民藝館での直観的で、自由に触れられるものとの時間を通して、あなたが良いと思うまなざしをぜひ探してみてください。

最後にミュージアムショップに立ち寄るのもお忘れなく。全国各地から集められた工芸品が販売されています

撮影:内田 藍

日本民藝館

「民藝運動」の拠点として、1936年に柳宗悦らにより開設。初代館長は柳宗悦、二代目は濱田庄司、三代目は宗悦の長男でプロダクトデザイナーの柳宗理、四代目は実業家の小林陽太郎、そして現在はプロダクトデザイナーの深澤直人が館長職を務めている。柳の審美眼により集められた、陶磁器・染織品・木漆工品・絵画・金工品・石工品・編組品など、日本をはじめ諸外国の新古工芸品約17,000点を収蔵。現在の本館建物のうち1936年に竣工した部分である旧館は柳宗悦を中心に設計されたもので、外観・各展示室ともに和風の意匠を基調としながらも随所に洋風を取り入れている。
https://mingeikan.or.jp/

【展覧会情報】
『朝鮮民族美術館設立100年記念 柳宗悦と朝鮮民族美術館』
会期:2024年6月15日(土)―8月25日(日)

1924年、柳宗悦が朝鮮時代の工芸の美をいち早く見出し、浅川伯教・巧兄弟とともに京城(現在のソウル)に朝鮮民族美術館を設立してから今年で100年。同展では、日本民藝館に保管されていた朝鮮民族美術館の旧蔵品と、その時代に集められた旧柳宗悦のコレクションを併せて展示。さらに美術館設立に関する資料や、当時開催された展覧会の資料なども交えて紹介し、世界で初めて設立された朝鮮工芸の専門美術館である朝鮮民族美術館の意義を改めて検証する。
https://mingeikan.or.jp/exhibition/special/?lang=ja

プロフィール

和田彩花
1994年生まれ。群馬県出身。2004年「ハロプロエッグオーディション2004」に合格し、ハロプロエッグのメンバーに。2010年、スマイレージのメンバーとしてメジャーデビュー。2015年よりグループ名をアンジュルムと改める。2019年にアンジュルム及びハロー!プロジェクトを卒業し、以降ソロアイドルとして音楽活動や執筆活動、コメンテーターなど幅広く活躍。2022年、フランス・パリへの留学を経て、2023年にはオルタナティブバンドLOLOETを結成。4月からは愛知、京都で初のライブツアー「LOLOET NEW TRIP TOUR 1」を開催。