和田彩花のアートさんぽ
メディア・アートの歩みと現在、そして未来を知る──NTTインターコミュニケーション・センター[ICC]
毎月連載
第11回

NTTインターコミュニケーション・センター[ICC]入口
進化を続けるメディア・アートの多様な表現
今回訪れたのは、初台にあるNTTインターコミュニケーション・センター[ICC]。1997年に開館して以降、アート&サイエンスの分野で、企画展やワークショップ、パフォーマンス、シンポジウム、出版などさまざまなプログラムを展開してきたアートスポットです。まずは学芸課長の畠中実さんにICCの活動などについてお話しを聞きました。
「ICCの開館当時、まだ新しいジャンルであったメディア・アートは、同時代の現代アートの中でも、成熟していない表現と捉えられていました」と畠中さん。2010年以降になると、現代アートのジャンルとして認知されるようになっていったといいます。

5階のロビーには、そんなアート&サイエンスのこれまでの歩みや最新のメディア・アートに触れることができる入場無料の展示エリアが。20世紀を通しての日本の芸術文化と科学技術の対話をテーマにした展示「アート&サイエンス・クロノジー」を見ながら館内へ進みましょう。
このエリアには、岩井俊雄さんの作品《マシュマロモニター》が展示されています。2002年に制作された作品ですが、頑丈なハードディスクを積んだ特別なコンピューターで動いているため、ほとんどメンテナンスせず動き続けているそうです。


コンピューターの前で動いてみると、動きに合わせてさまざまなパターンの効果がかかるインタラクティブな作品です。子どもたちは、この作品で遊ぶのが上手なんだとか。

それでは、さっそく企画展を見ていきましょう。
“耳で視る”体験を促す『evala 現われる場 消滅する像』
現在開催されているのは、新しい聴覚体験を創出する”See by Your Ears”を主宰し、国際的に活躍する音楽家であり、サウンド・アーティストのevalaさんの現時点における集大成となる個展『evala 現われる場 消滅する像』(3月9日(日)まで)です。ここからはevalaさんにも加わっていただき展示を体験します。

ビジュアル・アートだとチラシや美術館のHPなどで雰囲気を知った上で展覧会に行けるのですが、今回は展覧会の雰囲気をあまり想像できないままやってきました。
「見ることを中心にした表現であるビジュアル・アートに対し、音という見ることができないものを扱うサウンド・アートは言葉にするのも、写真にするのも難しいのですが、展覧会という形式で展開するため、手がかりとしての視覚的な要素もあります。お客さんには、あわせて体験してほしいです」(畠中さん)

「サウンド・アートといっても、美術としてのオブジェから音が鳴ったり、なにかしらの視覚的な造形があることが前提となっていますが、 僕の作品については、視覚要素は実体のつかめない幻覚のようなもの、あるいは真っ暗闇の中で音だけに体中を弄られる、といった音響体験そのものが作品となっています」(evalaさん)
今回の企画展は、ICCのギャラリーA、Bの2つで開催されていますが、どんな順番で見ていってもいいそうです。今回は、evalaさんおすすめコースで展示を見ていきます。
まずは、床や壁に設置された小さなスピーカーの間を歩きながら音を体験する《Sprout “fizz”》。

この空間に入ると、森の中を歩いているような感覚になります。把握できないタイミングでさまざまな角度から音が聴こえてくる。それも、音の速度や高さが異なり、まさに空間的に音が飛んできます。
「ここには不揃いのスピーカーが130個ほどあり、それぞれ独立した音を鳴らしています。山の生態系一つ一つのように、タイトルにある通り「芽吹き」を意味します。これらの音は、ノイズとコンピューターで生成したものですが、あたらしい生命のように音が運動しています」

ライブハウスで聴くノイズって爆音轟音ですよね。その中の微妙な変化を聴くものだと言われてもさっぱりわからないのですが、こんなに心地よいノイズもあるとは、うっとりしてしまいます。
「こちらは、開かれた空間で体験してもらう作品でもあります。音楽という文脈からすると、音の動きを作曲するという点が特徴です。これをevalaさんは“空間的作曲”と言っています」と畠中さん。
evalaさんは、「音楽は、時間の構成ですが、それがどういうふうに空間の中で広がっていくかの創作をふくめて作品にしています」と話してくれました。

音の広がりとはどういったものなのでしょうか?
「例えば、教会などは音がどう反射して、どう聴こえるかがわかる場所ですよね。音とはもともとそういった建築とともにあったものでもあります」(畠中さん)
たしかに、フランスの教会でパイプオルガンの演奏を聴いたときは、演奏を聴くというよりも、体に響きまくる凄まじい音圧を感じるような体験でした。
続いての部屋は《Score of Presence》。壁に絵が掛けられていますね。

「実はこれ、スピーカーなんです。一見すると6枚の絵が飾られてるようですが、そこには6チャンネルの目に見えない音が重なっています。また特殊なプリントを施しており、明るいところでみると黒とシルバーなのですが、光を当てると多彩に色づき、鑑賞角度によってイメージが鮮やかに変化します。音の変化と一緒に楽しんでもらえる作品です」(evalaさん)
《Inter-Scape “slit”》では、椅子に座って音を楽しみます。

「世界中で録りためてきた音を組み合わせて、世界にどこにもない場所を旅していくような作品です。生態系の詳しい人が聴くと、本来共存しないはずのさまざまな国の虫や鳥がここでは共鳴しあっていて驚かれるんですよ」(evalaさん)
日本では聞いたことのない鳥の鳴き声ばかり。ブラックライトの光がバチっと光ったり、緩やかに緩急をつけられた音の変化が楽しい作品です。

真っ白な空間へとやってきました。

「この《Studies for》という作品は、僕は音を一切作っていないのですよ。今まで僕が作ってきた作品のみを学習したAIが、リアルタイムに複数同時に音を作り出しています。現在では、世界中の音楽のデーターベースを使って、音楽が作られはじめていますが、これは僕の作品だけを学習したAIです。まだ学習をはじめたばかりで、生まれる前の胎児ような感じですね」とevalaさん。とはいえ、「evalaさんのような」音が流れてくるので、てっきりevalaさんが作った作品なのかと思ってしまいました。

さあ、もう一つの展示室へ移動します。本展でいちばん大型の作品《ebb tide》です。
「中央に大きな構造物があるのですが、そこに登って好きな体勢で鑑賞してみてください。この作品は、身体ごと自由に音に浸ることできるので、ぜひ時間をかけてゆっくり体験してきてください」(evalaさん)
ふかふかした大きな山を登っていくと、いい音が聴こえてきました。目の前には、光が差す演出もあり、洞窟の中で海の音を聴いているかのよう。

立つ場所、座る場所によって音の聴こえ方が変わるようです。この大きな部屋の中を音がぐるぐる回っています。左右、頭上、下からも音が響きます。水や波を想起させる心地良さ、音の強弱がストーリーを展開していくかのように、私を引き込んでいきます。何時間でもこの空間にいられてしまいますね。
最後は、また展示室を移動しますよ。1人で真っ暗な無響室のなかで体験する作品です。
ここではICCの無響室のために制作された5つの作品から、好きなものを選ぶことができます。私は《Our Muse》(2017年)を体験。
無響室に入るやいなや、全ての音が吸収されて、何の音も聴こえてきません。レコーディングのスタジオに入るときもこんな感じがします。
椅子に座って準備ができると、部屋は自分の手の影も見えない暗闇に包まれて、作品が始まります。

これまで見てきた作品は、広い空間を音が移動している感覚でしたが、こちらの作品は私の周りを音が移動していく感覚です。耳で音を聴くというよりも、体で音を聴く感覚。頭上、というのか、音が髪の毛を触れるような距離感で鳴り響きます。上下左右で分かれる音の効果をこんなに鮮明に感じたのは初めて。体中を音が這っていく感じ。

さあ、サウンド・アートのイメージが湧きましたか? 実際にICCの広い空間で、または無響室で、素敵な音の広がりを楽しんでくださいね。
撮影:村上大輔
NTTインターコミュニケーション・センター [ICC]
日本の電話事業100周年(1990年)の記念事業として、1997年に東京・初台の東京オペラシティタワー4階にオープンした、NTT東日本が運営する文化施設。科学技術と芸術文化の対話を促進し,豊かな未来社会を構想していくことを目指し、最先端のテクノロジーを使った多彩なメディア・アートを紹介する企画展を開催している。館内にはメディア・アートの歩みを紹介する無料の展示スペースやシアターなどもあり、ワークショップやトークショー、上映プログラムなど、さまざまな教育普及プログラムも行われている。
https://www.ntticc.or.jp/ja/
【展覧会情報】
『evala 現われる場 消滅する像』
2024年12月14日(土)—2025年3月9日(日)
休館日:月曜日(祝日の場合翌日)、2月9日(日)
新たな聴覚体験を創出するプロジェクト「See by Your Ears」を主宰し、立体音響システムを駆使した独自の“空間的作曲”によって先鋭的な作品を国内外で発表する音楽家、サウンド・アーティストevalaの大規模個展。ICCの最も大きな展示室を使った新作の大型インスタレーション《ebb tide》や、ICCの無響室のために制作された《Our Muse》など、自然環境音などさまざまな音を用いて精緻に構築された音響空間のなかで,聴くことから広がる知覚世界を提示する。
プロフィール
和田彩花
1994年8月1日生まれ、群馬県出身。
アイドル:2019年ハロー!プロジェクト、アンジュルムを卒業。アイドルグループでの活動経験を通して、フェミニズム、ジェンダーの視点からアイドルについて、アイドルの労働問題について発信する。
音楽:オルタナポップバンド「和田彩花とオムニバス」、ダブ・アンビエンスのアブストラクトバンド「L O L O E T」にて作詞、歌、朗読等を担当する。
美術:実践女子大学大学院博士前期課程美術史学修了、美術館や展覧会について執筆、メディア出演する。