和田彩花のアートさんぽ

たばこと塩、隅田川の名所の歴史を知っていますか?──たばこと塩の博物館

毎月連載

第15回

東京スカイツリーの近くにある「たばこと塩の博物館」

東京スカイツリーのある押上駅から歩いて10分、「たばこと塩の博物館」へやってきました。

1978年に日本専売公社(現・日本たばこ産業株式会社)により設立された「たばこ」と「塩」にまつわる歴史と文化を紹介する博物館です。2015年より渋谷・公園通りから現在の墨田区横川に移転しました。

常設展示室では、「たばこの歴史と文化」と「塩の世界」を紹介しています。今回は、現在開催中の特別展示『浮世絵でめぐる隅田川の名所』(6月22日(日)まで)も合わせて紹介します。お話を聞かせてくれたのは、たばこと塩の博物館主任学芸員の湯浅淑子さんです。

まずは、常設展示「たばこの歴史と文化」からみていきましょう。

古代の中南米からたどるたばこ文化の広がり

展示室入口にあるのは、メキシコ・パレンケ遺跡「十字の神殿」のレプリカ。右側のレリーフに刻まれたたばこを吸う神の姿は、人類とたばこの関わりを示す最も古い資料なのだそうです。

メキシコの職人が再現したという「十字の神殿」のレプリカは圧巻
たばこは、神様に捧げられるものとして扱われていたことが驚きますね
お話を伺ったたばこと塩の博物館の主任学芸員、湯浅淑子さん

たばこは、中南米原産のナス科の植物です。

「トマト、ジャガイモ、唐辛子などもアメリカ大陸原産です。実は、イタリア料理のトマト、韓国料理の唐辛子などは、コロンブスがアメリカ大陸から持ち帰るなど、中南米から伝わった食材なんですよ」(湯浅さん)

トマトやジャガイモ、唐辛子とともにたばこも世界各地に伝わると、さまざまな喫煙具が作られるようになります。ここには、それぞれの国のさまざまな材質を用いた喫煙具がずらっと並んでいます。

さまざまなタイプのパイプが展示されています

例えば、こちらの粘土で作られたクレーパイプは、口をつける部分をポキっと折り、人に貸したそうです。

クレー(粘土)で作られたパイプ
喫煙具はさまざまな絵画にも登場しています

「こちらの絵を見て下さい。仕事の合間にクレーパイプでひと休みする女性の足元には、折られたクレーパイプの残骸がたくさん落ちているのがわかります。また、オランダでよく使われていたクレーパイプは、江戸時代の貿易を通して日本にも伝わっています。オランダの商館長たちがいろんな人にプレゼントしていたようです」

木材、陶器、鉱物、木の根っこ、ガラス、ひょうたん、貝殻、地域によってさまざまな材質で、さまざまな装飾とともに作られた喫煙具はとても素敵です。

ブライヤーという木の根っこを使って作られた猫のパイプもかわいい

鼻煙壺(びえんこ)という中国の嗅ぎたばこの入れ物が、なんと、まあ、かわいいこと。陶器の内側から絵を描いているものもあるようです。

粉末状の嗅ぎたばこを入れるための鼻煙壺

たばこはどのように日本に伝えられたのでしょうか?

「たばこは1500年代の終わり頃、宣教師たちによって日本に伝えられたと考えられています。宣教師たちは布教のほかに、たばこをはじめ石鹸などいろいろなものを伝えたんですよ。日本でも全国各地で作られるようになりますが、たばこは育った土によって味が変わるため、土地の名で呼ばれました。江戸時代で一番有名だったのは、現在の鹿児島県でとれた国分たばこです。はるばる江戸に運ばれてきて、品評会が行われるほど人気だったたばこです」

たばこの日本への伝来を解説するパネル展示も
江戸時代はたばこの葉を名刺入れのようなものに入れて携帯していたようです。携帯する入れ物を自分でカスタマイズできる商店などもあったそうですよ

江戸時代、髪の毛ほどの細さに手作業で刻まれていたたばこですが、徐々に機械化が進みます。近現代になると紙巻たばこが作られるようになっていきます。

「このころになると、有名な紙巻たばこを製造する業者さんも出てきます。一方で、戦争資金を集めなければいけない時代でもあったため、明治37年、たばこに専売制が導入されました。大蔵省専売局という組織ができ、そこで扱っていたのが、たばこと塩、樟脳です」

明治から現代まで、たばこのデザインやポスター広告でその歴史をたどる展示

紙たばこのパッケージデザインは、時代をよく表すものだといいます。

輸出用に作られたゴールデンバッド、堂本印象がデザインした京都煙草展覧会記念たばこ、戦争終息記念にPEACEとデザインされたたばこ、和田誠さんがデザインしたパッケージのたばこ、オリンピックを記念したたばこまで、さまざまなものが作られました。

堂本印象による1935年の「たばこ展覧会」を記念したパッケージデザイン
第一次世界大戦終息を記念してつくられた「ピース」
1960年発売の「ハイライト」のパッケージデザインは和田誠が手掛けたもの

明治後期に始まったたばこや塩の専売制度は、戦後、日本専売公社の事業となり、専売制度70周年記念事業として、1978年にたばこと塩の博物館が設立されました。たばこの専売制度自体は1985年に廃止されています。

昭和のたばこ屋の店先を再現した展示

なるほど、たばこの歴史って世界史と繋がっているものだったんですね。時代によって、形や扱われ方が変わりながらここまで愛好され続けていたなんて知りませんでした。たばこって吸わない人からすると、身近なものではないのですが、たばこの歴史はとても面白かったし、豊かな装飾の喫煙具に魅了されました。

この博物館の成り立ちもわかったところで、もう一つの常設展示「塩の世界」を見ていきましょう。

塩づくりの歴史をわかりやすく紹介

人間に関わらず、動物が生きていくのに必要な塩。塩の取り方には、湖、岩塩、海の塩の3つがあるのだそうです。ここでは、塩づくりの歴史や世界のさまざまな塩について学ぶことができます。

「塩のとれる湖は、ボリビアのウユニ塩湖など綺麗な場所として知られています。でも、高山病になってしまうような高地にあるので、とても大変な仕事なんです」

この大きなピンク色の塊は、ポーランドでとれた岩塩です。掘ればとれるものではありますが、やはり岩塩の採掘も重労働だそうです

「メキシコやオーストラリアなど乾いた場所では、海水を太陽と風のちからで蒸発させる方法で、塩が作られています。メキシコシティに飛行機が着陸するとき、塩ができる池(蒸発池や結晶池)がたくさん見えるそうですよ」

世界各地の天日塩(海水からとれた塩)の展示も

世界の塩事情に対して、多湿な日本では塩がなかなか取れないのだといいます。

「日本での塩づくりは人力で行わなければいけません。方法としては、海水を汲み上げて砂浜に撒き、そこで乾かし、塩水を濃くしてから一晩煮詰めます。日本の塩づくりは、瀬戸内海沿岸地域などで江戸時代に大規模化しました」

日本の製塩の歴史を紹介するコーナー
塩を知るための仕掛けもたくさんあります。パネルの上に塩が入ったケースを置くと、さまざまな情報を閲覧できます。これは楽しいですね

常設展示では、充実した展示内容と、最新のデジタルシステムなども取り入れわかりやすく、楽しく、たばこと塩の歴史を見学することができます。

身近な名所を浮世絵のなかに発見!

最後に、特別展示『浮世絵でめぐる 隅田川の名所』を見ていきましょう。この展覧会では、周辺の寺社、花名所、料亭など、浮世絵に描かれた隅田川の名所を3つのコーナーで紹介しています。

特別展示室入口

「当館が東京の渋谷から墨田区に移転して以降、隅田川関係の資料が集まるようになりました。今回の展示では、浅草寺など古い名所を紹介する『第一部 江戸の華 隅田川』、次第にいろんな名所が増えていく様子を紹介する『第二部 広がる名所』、文化活動や交流の場にもなった隅田川の周辺の料亭にまつわる作品を紹介する『第三部 料理屋と仮宅』の3つのコーナーがあります」

古くからあった名所として有名なのは、やはり浅草寺です。

「浅草寺は隅田川と関わりの深いお寺です。ご本尊の観音像は、3人の漁師(のちの三社)によって隅田川から引き上げられたという逸話が残っています。浅草寺周辺には、今と同じく、曲芸を見せる芸人さんがいたり、お茶屋さんがあったり、多くの人が遊びにいく場所でもありました」

歌川広重《東都旧跡尽 浅草金龍山 観世音由来》 三人の漁師が隅田川から観音像を引き上げる様子が描かれています。三社祭の三社とは、この3人の漁師のことだそう

歌川国貞《浮絵両国夜景ノ図》では、舟にも両国橋の上にも花火を見にきた人でいっぱいな様子が描かれています。両国も観光スポットとして有名だった場所だそうです。

歌川国貞《浮絵両国夜景ノ図》

浮世絵によく登場するモチーフといえば、三囲(みめぐり)稲荷です。三囲稲荷は隅田川から見ると土手で鳥居が隠れてしまうため、鳥居の頭の部分だけがのぞいている様子が描かれることが多かったようです。

二代歌川豊国画《向ふ島夜の雪景》 少しわかりにくいけどよく見てみてください。画面中央の傘をさす男女のすぐ背後、大きな青色で描かれた鳥居の頭が!雪が降っていても舟に乗って出かけていたなんて、なんだか楽しそうですね

隅田川の周りにはたくさんの有名料亭もあったそうです。

「こちらは江戸の有名料亭のひとつでおしるこでも有名だった小倉庵で貸し出されていた浴衣を着る女性の姿を描いたものです。観光スポットとして、または店のPRのために描かれたものもあるようです」

左:三代歌川豊国画・二代歌川国久《江戸名所 百人美女 小梅》 右:歌川国貞(三代豊国)画「流光六花撰」 幕末にはこんなエピソードもあります。新政府に攻められ、幕府軍が東北へいく前、最後に寄った場所が小倉庵だと記録が残るくらい、人びとから愛されていました
上:鶴岡蘆水《東都隅田川両岸一覧》 下:葛飾北斎《隅田川両岸一覧》
左から三代歌川豊国《二十四好今様美人 甘い物好》 歌川国芳《すみだ川の夕桜》 三代歌川豊国《江戸名所之内 むかふ島》
隅田川の名物といえば、都鳥と桜餅もあります。浮世絵をよくよく観察してみると、桜餅やおもちゃの都鳥など、当時の名物も発見できますよ

他にも、本所七不思議や、江戸時代の水害など隅田川にまつわるあれこれをテーマに描かれた浮世絵などもみることができます。

江戸の人たちに愛され、今もたくさんの名所が残る隅田川。隅田川が好きな方にはぜひぜひみてほしい展示です。隅田川周辺のあの場所が浮世絵に描かれていたなんていう発見はとても素敵ですよね。

夏休みには、塩をテーマにした子供向けの特別展が毎年開催されているようなので、小さなお子さんも一緒にぜひ楽しんでみてくださいね。

撮影:村上大輔

たばこと塩の博物館

1978(昭和53)年、日本専売公社(現・日本たばこ産業株式会社)により、専売品であった「たばこ」と「塩」の歴史と文化をテーマとする博物館として渋谷・公園通りに開館。2015年4月に現在の墨田区横川に移転。たばこと塩に関する資料の収集、調査・研究を行うほか、常設展示や講演会、ワークショップなどでその歴史と文化を広く紹介している。さらに、たばこと塩を中心としつつも、幅広いテーマを取り上げる特別展を開催している。
https://www.tabashio.jp/index.html

【展覧会情報】
『浮世絵でめぐる隅田川の名所』
2025年4月26日(土)~6月22日(日)

「たばこと塩の博物館」が渋谷から墨田区に移転し、今年で10年。大蔵省専売局の工場が隅田川沿いに建てられるなど、たばこ産業にとって隅田川が重要な川であることから、同館では移転後、隅田川に関するさまざまな資料を収集してきた。同展では、浅草寺や木母寺をはじめとした由緒ある寺社が点在し、浮世絵にも数多く描かれた隅田川の名所を、寺社、花名所、料亭という3つのテーマで紹介。移転前から収蔵していた浮世絵と新収蔵の作品とをあわせて展示する。

プロフィール

和田彩花

1994年8月1日生まれ、群馬県出身。

アイドル:2019年ハロー!プロジェクト、アンジュルムを卒業。アイドルグループでの活動経験を通して、フェミニズム、ジェンダーの視点からアイドルについて、アイドルの労働問題について発信する。

音楽:オルタナポップバンド「和田彩花とオムニバス」、ダブ・アンビエンスのアブストラクトバンド「L O L O E T」にて作詞、歌、朗読等を担当する。

美術:実践女子大学大学院博士前期課程美術史学修了、美術館や展覧会について執筆、メディア出演する。