和田彩花のアートさんぽ

「サザエさん」作者の作品世界と多彩な美術コレクションを公開──長谷川町子美術館

毎月連載

第20回

長谷川町子記念館の前で

東京・世田谷区桜新町にある長谷川町子美術館を訪れました。ここは、「サザエさん」や「いじわるばあさん」などの漫画で知られる長谷川町子さん(1920-1992)が、姉の毬子さんと収集した美術・工芸品約800点を収蔵・展示する美術館として1985年11月に開館した美術館です。

2020年には、長谷川町子生誕百年を記念し、町子作品の世界を存分に楽しめる長谷川町子記念館を美術館の向かい側にオープンしました。

現在、こちらの記念館で開催されている企画展『町子の仕事-戦時中の作品を中心に-』(11月24日まで)も合わせてご紹介します。お話を伺ったのは、学芸員の梅澤あき乃さんです。

姉・毬子さんと収集した多彩な美術品を公開

まずは、町子さんと姉の毬子さんが収集した美術・工芸品を収蔵・展示する長谷川町子美術館から見学していきましょう。

現在は収蔵コレクション展『動物ワールド』を開催中。1階の展示室では、町子さん自身が描いた水彩や陶芸作品が紹介されます。

「これらの絵画作品は、仕事とは関係なく余暇のなかで制作されたものです。落款などもなく、世に出すために描かれたものではないことがわかります」(梅澤さん)

町子さんが描いたキジやカラスなどの日本画

なんと陶芸作品もご自身で作られていたそうです。かわいらしいだけでなく、特徴も良く捉えられて、動物たちの会話が聞こえてきそうなものばかり。

長谷川町子《いのしし》《かば》

美術館2階では、収蔵作品の中から、さまざまな画家によって描かれた動物たちの絵やブロンズ・木・磁器などで制作された立体作品などを見学できます。

長谷川家では、動物好きの父の影響もあり、幼い頃から動物を飼っていたといいます。お家には犬、猫に始まり、リスや鳥、猿もいたそうです。

美術館のリーフレットの漫画の中にも登場する、加山又造さんの《あざみ》というシャム猫が描かれた作品が展示されています。

「最初は、別の方に売られ、町子さんが手に入れることができませんでした。しかし、7ヶ月後、購入者が作品を手放すことになり、町子さんのもとへやってきた作品です」

美術館のリーフレットには、町子さんと毬子さんが作品収集をはじめた経緯や、加山又造《あざみ》などの作品購入時のエピソードが漫画で紹介されています。美術館のHPでも読むことができますよ

町子さん自身もシャム猫を飼っていたこともあって、可愛いらしい猫の姿が見られる作品ばかり。猫好きな私としてもたまらない空間です。

今回お話を伺った学芸員の梅澤あき乃さん。猫だけでなく、鳥や熊、ラクダなどの動物をモチーフにした作品がズラリと並んでいます
長納魚竹《仔猫》 2006年 木彫で作られた猫ちゃん。柔らかな毛並みまで見えてきますね

2階の奥には、お客さんから寄せられた「町子さんの作品を見たい」との声で作られたという展示室「アニメの部屋」が。テレビアニメ「サザエさん」に関する資料を見学できます。記念館ができるまでは、こちらで原画を展示されていたようです。

アニメ版「サザエさん」の制作にまつわる資料などが展示されているほか、過去のアニメ映像の上映もあります
94年生まれの私にとっては、アニメ「サザエさん」で見られるお馴染みのキャラクターに会えて嬉しかったです。町子さんの書かれた漫画とは少し顔つきが違うのですね

町子さんの作品世界を体感できる記念館

次は、美術館の向かいに2020年にオープンした長谷川町子記念館へ移動します。

記念館前には、(左から)いじわるばあさん、町子さん、サザエさんの像が

建物の前では、いじわるばあさんとサザエさん、そして町子さんが井戸端会議をしているかわいらしい像が迎えてくれます。さらに館内に入るとロビーにも同じ像が。実は、こちらの館内の像は、今年、美術館の開館40周年を記念して制作されたもので、なんとチョコレートでできているのだそう。ついついどこから食べようか想像してしまいました。

ロビーに展示されているチョコレートアート

記念館に入ってすぐのお部屋は、町子さんの代表作である「サザエさん」「エプロンおばさん」、「いじわるばあさん」の原作漫画の世界を再現した常設展示室「町子の作品」です。

常設展示室「町子の作品」入口

こちらは、漫画の世界でカツオくんがやっているように、家の塀に落書きができるコーナーです。漫画の世界とデジタルが融合したこちらの展示室は、小さなお子さんも楽しめそう。

塀に落書きをしたり、「けんけんぱ」をしたりできるデジタルな仕掛けも楽しい

「サザエさん」「いじわるばあさん」などの原画のデータベースを大きな画面で閲覧できるモニターもあります。よくみると、データ上の漫画のコマの中に縦に線がはいっていますね。

「こちらは、雑誌や新聞のために描いた原稿を切り抜き、単行本のコマのサイズに合わせて貼り付けた跡です。単行本のコマのサイズにできる余白部分に漫画を書き足している様子も見えますよ」

町子さんの作業の過程も感じながら原画を楽しむことができます
小上がりでは、子供たちが塗り絵をしたり、本を読んだりすることができます。もちろん大人も利用OKです

町子さんと姉の毬子さんが立ち上げた出版社・姉妹社から出版した、当時の単行本が全て揃っています。青やピンクで印刷されていてとても可愛い。今の漫画よりも紙が厚いんですね。

姉妹社から出版された「サザエさん」全68巻が揃っています。ついつい読みふけってしまいますね

次は2階に続く常設展示「町子の生涯」を見ていきましょう。

常設展示「町子の生涯」。幼年期から没後までを貴重な写真や原画などで辿ることができます

町子さんは、佐賀県に生まれ、福岡県で三姉妹の次女として育ちました。お父さんが早くに亡くなったこともあり、14歳のときに一家で上京します。15歳で漫画家デビューしてからは、町子さんが家計を支えました。当時としても異例の15歳で漫画家としてのスタートを切りましたが、その背景には、お師匠さんであった「のらくろ」の作者である田河水泡さんの支えも大きいのだそうです。

15歳で描いたデビュー作『狸の面』も展示されています

「サザエさん」は、戦後1946年から福岡の地方紙、夕刊フクニチで連載が始まり、そこから28年間新聞連載が続きました。連載が福岡の地方紙から始まったのは、疎開先の福岡で西日本新聞社に入社し、つながりができたことがきっかけだそうです。その後、連載の範囲が広がっていき、最終的には全国紙である朝日新聞で1974年まで掲載されました。

終戦の翌年1946(昭和21)年に新聞連載がスタートした「サザエさん」の歩みがわかりやすく紹介されています
長谷川家がふたたび上京したことに伴い、「サザエさん」の中の磯野家も東京へ転居したのだそう
「サザエさん」の他にも町子さんが描いた漫画が紹介されています。「似たもの一家」「歌舞伎もの」「エプロンおばさん」「いじわるばあさん」など、読んだことある漫画はありますか?
長谷川町子美術館の開館に合わせて町子さんが手がけたリーフレットとチケットデザインです。今でも、当時のデザインを引き継いで使われているそうです

戦時中も子供たちに笑いを届け続けた町子さん

最後に、現在開催中の企画展『町子の仕事―戦時中の作品を中心にー』を見学しましょう。

「町子さんが戦時下に手掛けた作品はなかなか手に入らなかったのですが、少しずつ収集を続けてきました。今回は戦後80年の節目にあわせて、漫画家デビューしてから戦時下に描かれた作品、戦後の生活を描いた作品までを紹介しています」

展示の前半では、10代のころから町子さんが戦時下にさまざまな雑誌で描いた作品が展示されています。

こちらは戦中に講談社から発行されていた『講談社の繪本』に掲載された作品。『ターチャントヘイタイサン』は主人公の少年ターチャンと傷病兵たちの物語。『ドウブツムラのヰモンタイ』は、かわいらしい動物たちが病院に慰問に行くお話です。

左:『ターチャントヘイタイサン』1938(昭和13)年4月15日『講談社の繪本 漫画と教育講談』大日本雄辯會講談社 掲載
右:『ドウブツムラのヰモンタイ』1938(昭和13)年10月10日『講談社の繪本 漫画と頓智合戦』大日本雄辯會講談社 掲載
左:『講談社の繪本 漫画と教育講談』大日本雄辯會講談社 表紙
右:『講談社の繪本 漫画と頓智合戦』大日本雄辯會講談社 表紙

「雑誌の表紙を見ると、日章旗や兵隊のモチーフなど戦時色の強さを感じられます。町子さんが手がけた作品も、兵隊や慰問など戦争にまつわるテーマを扱うことが多いのですが、内容を読んでいくとお子さんが笑える作品であることがわかります。戦争というと思想がつきものですが、町子さんにはどんな時代でも面白いものを届けたいという気持ちがあったということを伝えたいです」

『せうがく三年生』(小學館、1940年8月1日)に掲載された『特輯 仲よし日記』 おなじみの小学館の学年誌でも漫画を描いていたのですね
装丁を姉の毬子さんが、本編の絵を町子さんが手がけた絵本『ニハトリ』。姉妹の共作です

戦況が厳しくなってくると、長谷川家は一家で福岡に疎開します。こちらでは、福岡で西日本新聞社に入社し、新聞記者として手がけた記事も展示されています。絵だけではなく、ときには文章も執筆しています。内容は軍需関連の工場をレポートしているものですが、工場で働く学生さんが休憩時間にやっていたカラオケ大会の様子など、町子さんらしい日常の面白い場面が切り取られていたりもします。

1944年の「西日本新聞戦時版」にて連載された長谷川町子によるルポ記事『マンガ工場巡禮』
町子さんのイラストが入った慰問袋もありました。町子さんは一家の大黒柱として、漫画に限らず、さまざまな仕事をされていたのですね

戦争が終わり、西日本新聞を退社した町子さんは、水彩画を描いて販売したり、畑を耕し、自給自足で生活をしながら過ごしていました。そんなとき、かつて所属していた西日本新聞から声がかかり、「夕刊フクニチ」で漫画の連載がスタートしました。それが「サザエさん」です。

1946(昭和21)年4月22日の「夕刊フクニチ」に掲載された「サザエさん」第1話(複製)

「「サザエさん」に登場するキャラクターの名前は海産物からつけられていますが、福岡にある百道浜を歩きながら、物語やキャラクターを考えていたことが由来なんですよ」

「サザエさん」には戦後の庶民の生活を描いたお話も多く残されています。毎日掲載されるという新聞連載の特性もあり、時事ネタや配給、闇市など、町子さんの日々の生活を踏まえて、物語が描かれています。特に第一巻では、戦争にまつわる話題が多く描かれているそうです。

戦後の食や戦争孤児、外国文化の流入、軍人の引き揚げなど、庶民が直面したさまざまな問題をテーマにしながらも、どこまでもユーモラスに描かれています

「こちらは1949年に『週刊朝日』に連載された『似たもの一家』という作品ですが、ヒロポン(覚せい剤)をテーマにしたお話もあります。戦後間もない時代はヒロポンを薬局で買うことができたことや、エナジードリンクのように服用されていたということも伺い知ることができます。この作品が発表された頃、ヒロポンの乱用が社会的に問題視されていました。あえてヒロポンを題材にしてユーモアを交えた作品を描いたのは、町子さん流の注意喚起だったのではないでしょうか」

『週刊朝日』に連載された「サザエさん」にも登場する作家・伊佐坂難物を主人公にした『似たもの一家』のエピソード。伊佐坂先生が預かった近所の子供が誤ってヒロポンを飲んでしまい…というお話

誰もが見て育ったアニメ「サザエさん」の漫画が、こんなにも戦争の時代と関わりがあったなんて知りませんでした。どんな時代でも、おもしろさを届けようとした町子さんの作品世界は、現代ではどんな風に受け取れるでしょうか?

時代を超えて愛され続ける名作「サザエさん」を手がけた長谷川町子さんの作品世界を、小さなお子さんから大人まで、ぜひ楽しんでほしいです。

ミュージアムショップでは、2026年のカレンダーなどかわいいグッズがたくさん販売されていました

撮影:村上大輔

長谷川町子美術館

「サザエさん」や「意地悪ばあさん」などの漫画で得た収益で、長谷川町子が姉の毬子とともに美術品・工芸品の蒐集を始め、1985年11月3日に現在の世田谷区桜新町に「長谷川美術館」をオープン。町子の亡き後は、1992年に「長谷川町子美術館」に改名。総数788点の収蔵品を、年数回のコレクション展にて公開している。町子の生誕百年を迎えた2020年に、美術館の向かいに分館として「長谷川町子記念館」をオープン。記念館では貴重な原画や資料などさまざまな角度から町子作品の魅力が紹介されている。

【展覧会情報】
収蔵コレクション展『動物ワールド』(美術館)
企画展『町子の仕事-戦時中の作品を中心に-』(記念館)
2025年8月2日(土)~11月24日(月・祝)

美術館の収蔵コレクション展『動物ワールド』では、無類の動物好きだった町子のするどい観察眼とユーモアによって制作された動物たちをモチーフにした作品を一堂に紹介。さらに収蔵作品の中から、さまざまな作家たちが手掛けた動物たちの絵やブロンズ・木・磁器などで制作された立体作品なども紹介されている。

記念館で開催されている企画展『町子の仕事-戦時中の作品を中心に-』では、戦後80年という節目の年にともない、町子が漫画家としてデビューした1935年から終戦までに手掛けた作品を中心に紹介。戦時中に雑誌などで描いた作品から、新聞記者として絵と文章を手掛けた軍需工場のルポ記事、戦後の生活を描いた作品などまで、過酷な状況のなかでもユーモアを忘れず読者、特に子供たちに作品を届け続けた町子の知られざる一面に触れることができる。

プロフィール

和田彩花

1994年8月1日生まれ、群馬県出身。

アイドル:2019年ハロー!プロジェクト、アンジュルムを卒業。アイドルグループでの活動経験を通して、フェミニズム、ジェンダーの視点からアイドルについて、アイドルの労働問題について発信する。

音楽:オルタナポップバンド「和田彩花とオムニバス」、ダブ・アンビエンスのアブストラクトバンド「L O L O E T」にて作詞、歌、朗読等を担当する。

美術:実践女子大学大学院博士前期課程美術史学修了、美術館や展覧会について執筆、メディア出演する。