和田彩花のアートさんぽ
現代アートから建築まで。寺田倉庫が手掛ける天王洲のアート拠点──WHAT MUSEUM
毎月連載
第22回
諏訪敦《汀にて》2025の前で
東京・天王洲にある現代アートと建築のミュージアム「WHAT MUSEUM」を訪れました。こちらでは「WHAT MUSEUM」を運営する寺田倉庫さんに預けられた作品を紹介するコレクション展のほか、現代アートや建築の企画展も開催されています。また、建築家、設計事務所から預かった模型約800点を保管し、一部公開する「建築倉庫」も併設されていて、寺田倉庫さんだからこそできるアートとの関わり方が特徴のミュージアムです。
今回は、現在開催中の企画展『諏訪敦|きみはうつくしい』(3月1日(日)まで)をご紹介します。亡くなった人々、神話や古典文学の登場人物など、不可視な存在を描くリサーチプロジェクト型の絵画制作が高く評価されている諏訪敦さんの約3年ぶりの大規模個展です。お話を伺ったのは、本展覧会の企画担当者の近藤あやさんです。
卓越した技術と美しさに圧倒される諏訪さんの写実絵画
諏訪さんは2022年に府中市美術館で大規模な個展を開催されましたが、今回はコロナ禍を経て、またご家族の介護を経験され、どんなふうに作品が変わってきたのかという制作過程に焦点を当て、5つのテーマで構成されています。大きくわけて1階では過去の作品を、2階では新作を多く展示しています。しています。
まずは1階の展示室から見ていきましょう。
第1章「どうせなにもみえない」では、諏訪さんが繰り返し描いているモチーフ、骸骨と人物を描いた作品が見えてきました。
豆腐と頸椎が描かれた2015年の作品《東と西》です。「当時の諏訪さんにとっては例外的に人物以外を描いた静物画」でもあるそうです。
「脆い豆腐と頸椎の骨格標本という奇妙な組み合わせの作品です。この作品を作るきっかけになったのは、東日本大震災の津波によってメルトダウンした福島第一原子力発電所の原子炉建屋を表しています。また、豆腐のモチーフは、高橋由一が描いた《豆腐》へのオマージュでもあります」(近藤さん)
卓越した技法で現代日本の絵画におけるリアリズムを牽引する画家といわれる諏訪さんの作品を目の前にすると技術と美しさに圧倒されます。しかし、お話を伺っていくと、そういった表面的な特徴を忘れさせられるさまざまなことを問いかけられます。「諏訪さんは日本近代における『西洋絵画の受容』という矛盾を、どのようにご自身が引き受けていくのか、という意識を持たれている方です」と近藤さん。
第2章「喪失を描く」の肖像画の多くは、亡くなった人々の姿を描き出したものだそう。
諏訪さんは、2008年に海外で事故死した女性の肖像画《恵里子》の依頼をきっかけに「絵画を通して死後の人に出会う」というスタイルを確立されました。
本展では、山本美香さんの肖像画が展示されています。
「山本美香さんは戦場でジャーナリストをしていました。シリアでの銃撃に巻き込まれ、亡くなられた方です。諏訪さんの特徴としては、その人の背景や歴史をリサーチしたり、家族のデッサンを踏まえた上で肖像画を描くところにあります。本作は、山本さんのような戦場を見てきた人がどのように微笑むだろうかという想像のもと、描かれました。山本さんの瞳のなかをよく見ると、本作の制作を依頼したパートナーの姿が描かれています」
このような諏訪さんの制作の過程はドキュメンタリーで放送されたこともあり、亡くなった方を描いてほしいという依頼が増えるなかで、諏訪さんには「自分は亡くなった人に寄りかかって絵を書いているんじゃないか?」という葛藤もあったのだそうです。
その後、制作されたのは対象者のいない作品です。
《emptiness》で横たわる女性は実際には存在せず、『長谷雄草紙』(13〜14世紀)という日本の絵巻物をモチーフに描かれています。
「『長谷雄草紙』とは、主人公長谷雄が鬼と勝負し、絶世の美女を手に入れる物語です。しかし、長谷雄が「100日経つまで女性に触れてはいけない」という鬼との約束を破ったため、女性は溶けて消えてしまいました。実はこの絶世の美女は、転がっていた死体を繋ぎ合わせて作ったものだったという物語です。この物語には、美しさは虚栄であったり、さまざまな人の欲といった虚しいものであるというメッセージが隠されています」
深いメッセージとさまざまな文脈が込められている諏訪さんの作品ですが、展示室には作品解説はとくにありません。「音声ガイドや図録があるので、まずは解説がない状態で見ていただきたいと思いました。また諏訪さんの作品は、短い言葉で説明し切れるものでもないと感じています。展示室のあちこちに諏訪さんの言葉が添えられているので、こちらも参考にしてほしいです」
2階の第3章「横たえる」では、家族を描いた作品が続きます。
これまで人物をたくさん描いてきた諏訪さんですが、次第に依頼を受けて肖像画を描くことへの気持ちが離れていったそうです。同時にコロナ禍となり、対象と直接向き合っての制作が難しくなったこと、またお母様を介護しながらアトリエにこもる日々を送る中で、他者とのやりとりを前提としない静物画制作に移行していったそうです。今後、人を描くかどうかはまだわからないのだそうです。
食物穀物起源神話をモチーフにした静物画と最新作《汀にて》
つづく第4章「語り出さないのか」では、本展のために描き下ろした作品を含む静物画15点が展示されています。身近なモチーフを選択しながらも、神話やそのモチーフを象徴するものとともに描かれています。
「題材としたのは、世界各地に伝わる食物穀物起源神話です。お話に登場する神や聖なる存在が死んだり傷ついたりすることで、穀物や家畜が生まれたとされています」
肉のかたまりを意味する《肉叢》では、神様であり食物穀物起源神話に登場する生贄でもある鹿を描いています。
「動物や植物の命をもらって人間は生きていますが、それは命を断つことにつながっていますし、人が生きていくというのは、そういった行為と密接に関わっています。諏訪さんがそう言った構造から他者の喪失をどう共有できるかを考えたかったとおっしゃられています」
最後の第5章「汀にて」では、肖像画でも静物画でもない最新作を紹介します。
人、骸骨、生物でもない、肉付けされた骨格標本を描いた作品《汀にて》。
「これは、骨格標本に石膏などで肉付けしていったものを描いています。人の遺体を9つに分けて描かれた仏教画《九相図》に着想を得た《汀にてDrawing》シリーズは、さまざまな方向から描かれています。また、骨格標本に肉付けして作られた人型をモチーフに『長谷雄草子』のように死から生への逆回しで描かれています」
この静物画に近い<人間もどき>の作品から、今後、どのような新しい作品が生まれるのか。その行方を見届けたいです。
《汀にて》と第4章で紹介されている静物画の制作風景は、写真と映像に収められています。写真は図録に、映像は2階の奥にある展示室で見ることができます。細かなタッチで丁寧に描かれていることがよくわかるので、ぜひ映像もご覧になってください。
そして、必ず受け取って帰ってほしいのは、諏訪さんの作品から受けた印象を元に綴られた、小説家・藤野可織さんによる短編小説「さよなら」をおさめたハンドアウトです
図録に収録された宮本武典さん(本展の展示構成を担当)のキュレーターノートによると、「(食物穀物神話をモチーフにした諏訪さんの静物画を)新たな物語の〈苗床〉として提示するなら、その語りは諏訪本人ではなく、他者によって綴られるべきだと考えた」と綴られています。
藤野さんの小説と諏訪さんの絵画を行き来しながら、本展覧会『諏訪敦|きみはうつくしい』を楽しんでいただきたいです。
撮影:村上大輔
WHAT MUSEUM
寺田倉庫が運営する「WHAT MUSEUM」は、2020年、天王洲にオープン。倉庫内で静かに光を放つ文化的価値を暗示した、WHAT(WareHouse of Art
Terrada)の名のもとに、幅広く現代アートの企画展が行われているほか、寺田倉庫が作家やコレクターから預かる作品も紹介することで、作品の保管、展示、交流の場となっている。また併設の「建築倉庫」では、建築家や設計事務所から預かった800点以上の建築模型を保管し、倉庫内でその一部を公開しているほか、建築模型を用いた企画展示やワークショップなども行われている。
https://what.warehouseofart.org/
【展覧会情報】
『諏訪敦|きみはうつくしい』
2025年9月11日(木)~2026年3月1日(日)
2022年に府中市美術館で開催された『諏訪敦「眼窩裏の火事」』以来、3年ぶりとなる諏訪敦の大規模個展。最新の大型絵画作品《汀にて》を中心に、そこに至るまでの画家自身のクロニクルを主な作品とともに辿っていく構成となっている。ヌードと頭蓋骨を組み合わせた初期作品から最新作まで82点を展示するほか、《汀にて》の創作に密着したドキュメンタリー映像の上映や、芥川賞作家・藤野可織が諏訪敦の絵画をイメージし描き下ろした短編小説の配布も行われている。
プロフィール
和田彩花
1994年8月1日生まれ、群馬県出身。
アイドル:2019年ハロー!プロジェクト、アンジュルムを卒業。アイドルグループでの活動経験を通して、フェミニズム、ジェンダーの視点からアイドルについて、アイドルの労働問題について発信する。
音楽:オルタナポップバンド「和田彩花とオムニバス」、ダブ・アンビエンスのアブストラクトバンド「L O L O E T」にて作詞、歌、朗読等を担当する。
美術:実践女子大学大学院博士前期課程美術史学修了、美術館や展覧会について執筆、メディア出演する。