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EMI Records 岡田武士に聞く、デジタル時代に“新しい才能”を発掘する方法「熱量の高さを大事にしたい」

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リアルサウンド

 音楽文化を取り巻く環境についてフォーカスし、キーパーソンに今後のあり方を聞くインタビューシリーズ。第13回目に登場するのは、EMI Records マネージングディレクター 兼 レーベルズマーケティング ゼネラルマネージャーの岡田武士氏。

 岡田氏は、2018年にEMI Recordsのマネージングディレクターに34歳で就任。松任谷由実や椎名林檎などキャリアを積んだアーティストの楽曲のストリーミング配信を推し進める一方で、Mrs. GREEN APPLEやずっと真夜中でいいのに。などのアーティストを育成してきた。4月8日には、期待の新人を支援する『YouTube Music Foundry』に日本で唯一選出されたACE COLLECTIONがメジャーデビューを果たす。

 今回リアルサウンドでは、就任以来、デジタルマーケティングの知見を駆使して多様な音楽を世に届けてきた岡田氏の手腕に着目。ビジネス的にも成長を続けるEMI Recordsのアーティストとの関わり方、ユーザーへの音楽の届け方について聞いた。(編集部)

・いろんなうねりが起きているのを見逃さない

ーー岡田さんが34歳という若さでEMI Recordsのマネージングディレクターに就任したというニュースは、業界としても大きなものでした。まず率直に、この立場でどんなことをしていこうと考えましたか?

岡田武士(以下、岡田):最初はただただ驚きましたが、おそらく求められていることは明確なのかなと思いました。もちろん、これまでの歴史を継承しつつ「新しいことをやれ」というメッセージだろうと。それがベースであり、一番のミッションだというのが、最初に考えたことですね。

ーー「新しいこと」というと、やはり音楽におけるデジタルマーケティングでしょうか。

岡田:僕自身がもともとデジタルの部署の出身なのですが、こういうバックグラウンドを持つ邦楽レーベルのトップは今まであまりなかったと思います。期待されている役割はそういうことが大きいかなとは思いました。

ーー歴史の継承という部分では、どんなことを意識しましたか?

岡田:キャリアが長く実績のあるアーティストも、スタッフもそうですが、これまで築き上げられてきた揺るぎないものがあります。むしろそこに「新しいエッセンスをどう付け加えるか」というところを大切にしようと考えています。何か一つ二つ、新しいものを取り入れてもらったり。

ーー例えば、松任谷由実さんや椎名林檎さんなどキャリアを積んだアーティストの楽曲のストリーミング配信。

岡田:そうですね。これまでやってこなかった取り組みこそ若い人間が提案すべきだろうと。幸い、海外含めてデジタル周りのノウハウや情報提供をできる環境にあるので、少しずつですが進められているのかなとは思います。

ーー歴史を引き継ぎつつ、そこに新しい施策も取り入れながら、一方で新しいアーティストを発掘し、育てていくというイメージでしょうか。

岡田:まさに今おっしゃったことは全てやらなければいけないことだと思っています。なかでも、新しいアーティストの発掘や育成は、音楽会社としてより力を発揮できる部分だと考えています。A&R、信頼するスタッフが見つけてきたアーティストについてはより形にしていきたいと。

ーー現場のスタッフの方々が発掘するアーティストも、5~10年前と比較するとだいぶ変わってきていますよね。ライブハウスだけじゃなく、ネット上にもたくさんの才能がうごめいている。そこに難しさと面白さがありそうです。

岡田:そうですね。新しいアーティストの見つけ方、出会い方というのは、まさにすごく変わってきています。「歌ってみた」動画をはじめYouTubeだったり、TikTokなどネットサービスに投稿されている作品がたくさんありますし、新しいプラットフォームやサービスが出てくれば常にチェックしなければいけません。ライブハウスだったら1日何組かしか出会えなかったところが、動画を掘っているだけで100組、200組と見ることができる。一方で動画では伝わらない熱量を持つアーティストもいます。スタッフの直感や“目利き”がより重要になっていくというか、データの時代だと言われますが、担当が「やりたい」と本当に思うものを優先するようにしています。

ーーなるほど。データ分析も大事ですが、それ以上にスタッフが情熱を持って取り組めるアーティストを重視していると。組織をマネジメントする上で、そのバランスをどう取るか。

岡田:EMI Recordsのスタッフには僕よりキャリアがあって、目利きができる人間も多くいます。冒頭にも申し上げたように、僕の役割はアーティストや作品の力をどうやって最大化(or ベストの力を出せるように)するか。その意味で、デジタル的な話はレーベルの会議でも意図的に、口が酸っぱくなるくらい言うようにしていますね。

ーーデジタルのデータには、ユーザー数や視聴数など、さまざまな指標がありますが、岡田さんはどれを重視していますか。

岡田:企業秘密の部分もありますが、ひとつ言えるのは、画一的な評価軸で見ないことです。例えば、YouTubeの再生回数を指標にすると、みんなそればかり見てしまうし、「じゃあ、数字の大きいものから」というふうになってしまう。アーティストや作品のジャンルによってもムーブメントも細分化されていますし、いろんなところでいろんなうねりが起きているのを見逃さないように、というのは意識している部分ですね。

ーーなるほど。それぞれのアーティストに対する理解でしょうか。

岡田:そこが一番大事だと思います。結局、最後はアーティストであり作品だというのは、いつの時代も変わらないと思っています。直感的にいいものだというのがひとつと、加えてユーザーやファンがどんな反応をしているのかというところは常に見なければいけない、という感じです。

 逆にいうと、数字だけを見ればいまは全然反応がなくても、担当に将来のビジョンが見えていればいいというか。どんなアーティストも最初は無名だし、反応がなかったわけなので、その辺りはバランスを見ながらですね。あくまでアーティストごとで、横軸を決めないということです。

ーーやはり、アーティストの本質を見極める目が重要になってきますね。

岡田:重要ですね。あとは「ユーザー目線」です。

ーー「ユーザー目線」というのは昭和の時代から言われていたことではありますが、そのあり方は大きく変わっています。

岡田:そうですね。「ユーザー目線」には、おそらく“ユーザーの情報を早くキャッチできる人”と、“本当にユーザーの感覚がある人”の2通りがあって、それはどちらでもいいな、と思います。例えば、アイドルの担当をする人がアイドル好きでなければいけないということはなく、アイドルファンの声をちゃんとキャッチできればいい。一方で、好きこそ物の上手なれ、ではありませんが、好きだからこそポイントを押さえられるということもあるので、そのどちらかを持っていることが大事なのかなと思います。

ーー岡田さん自身はどちらのタイプでしたか?

岡田:僕は完全に前者で、ユーザーの情報を吸い上げるタイプですね。僕の場合、主観的になると物事の判断がブレがちなので。

ーー面白いですね。そのユーザー目線というものを、アーティストの発掘や育成にどう活かしていくのか。

岡田:ひとつは、細分化されたユーザーをしっかり認識して全部を取ろうとしないことでしょうか。少し前だったら、全部取りに行くことがマスのヒットに繋がることもありましたが、いまはものすごい熱量で燃えている現象や作品を支えているのが誰なのかとか、どこにあるのかとか、そういうことを理解できていないと、アーティストを育てていこうという時にズレていってしまうのかなと思います。そのチューニングというか、ピントを合わせるのが大事ですね。

ーー音楽的な才能があって、バランスもいいけれどなかなか売れないバンドもいます。一方で、いびつだけれどものすごく熱のあるアーティストもいて、メディアから見ても、後者の方が伸びていくことが多いように思えます。

岡田:そうですね。社内では毎年、各レーベルごとにスローガンを掲げるのですが、僕は就任1年目に「熱量を上げる」というものにしました。やはり、熱量が高いところを大事にしたいなと思っています。

・誰にどういうタイミングで、どこで出会ってもらうか

ーーその熱量から発展していくあり方の具体例も伺います。EMI Recordsがいま力を入れているACE COLLECTIONはどうでしょうか。

岡田:ACE COLLECTIONはYouTubeで人気が出て、初ライブがいきなりマイナビBLITZ赤坂で売り切れてしまう、という、いまの時代を象徴する流れですね。ライブハウスで下積みをして、対バンを重ねてようやくワンマンができる……というかつての売れ方ではなく、ネットで注目を集め、ファンを増やしています。これからの時代を新しく築いていくようなバンドになるのではと期待しています。

ーー彼らの場合、どこに“熱”を感じましたか。

岡田:YouTubeのお客さんの反応もそうですし、何よりメンバーと話すと、本当にピュアで、音楽をすることが大好きなんですよ。いろんな意味で熱と、大きな可能性を感じました。

ーーメジャーデビューとともに、全国ツアーも発表されて。一つずつ段階を経て、ということではなく、熱が高いから火のまわりが早いというか、やはりこれまでのアーティストの売り出し方とは違っていますね。

岡田:そうですね。関連して僕自身が感じていることとしては、テクノロジーが発達して、皆さんが気軽に音楽を聴けるようになり、簡単に消費されてしまう一方で、音楽に触れるチャンスがものすごく増えましたよね。ストリーミングもそうですし、短尺動画もそうで。これまでだったら自分で情報を取りに行かなければいけなかったのが、YouTubeの関連動画だったり、SNSのタイムラインに流れてくるTikTokの動画だったり、音楽を知るメディア網がめちゃくちゃ多くなっていると思います。お客さんが音楽を知って好きになるスピードも絶対に速くなっているので、プロモーションの際にきちんとお客さんに届くようなデジタルの戦略も考えています。特に新しいアーティストは、“誰にどういうタイミングで、どこで出会ってもらうか”ということを、デジタル上できちんと設計することをすごく意識していますね。

 ACE COLLECTIONだったら、YouTube以外の、リアルでの展開は我々の強みですし、こういう音楽メディアを見ている方とか、音楽好きの方にもどんどん広まってほしいなと。また、もっと違うことも仕掛けていきたいとも考えていて、いまいろいろと仕込んでいるところです。

ーーリアルへの展開力というのは、メジャーレーベルの強さですね。それこそ、マスに訴えるテレビにアプローチすることができたり。

岡田:メジャーは宣伝力以外にも全国へのネットワークも持っていますからね。デジタルのストアも、実店舗も含めてお店の方たちとも綿密にコミュニケーションを取っていますし、メジャーだからできることはあるので、そこをしっかりやっていくというか。

ーーずっと真夜中でいいのに。の場合はどうでしょう?

岡田:ずっと真夜中もYouTubeで広まったという意味でACE COLLECTIONに近いですが、お客さんが見つけてくれて、好きになってくれて……という流れが本当に上手く回っていますよね。もっとも、結局は作品のクオリティの高さがファンを増やしていることも絶対にあるので、制作の部分は非常に力を入れてやっています。ネットでバズるだけではなく、音楽としても、ライブとしてもエンターテイメントとして成立しています。世界観がきちんと作られていて、自信を持ってライブを見てもらいたいと言えるアーティストです。音楽の楽しみ方は変わってもやっぱりいい楽曲、いい作品が求められるのは、いまも昔も変わらないと思いますし、まずはそこありきですね。

ーーまたレーベルのなかでいうと、Mrs. GREEN APPLEがいよいよ人気バンドになってきましたが、ある意味ではオーソドックスな音楽性を持ちながらいろんな形で展開していて、まさにいまおっしゃったような手法の集大成のように思えます。

岡田:そうですね。本当に最初からずっと一緒にやらせてもらっていますが、彼らの音楽は絶対に多くの人に届くと思いレーベル全体で取組んできました。注力したのはやはりデジタルの部分ですね。どうやったらより多くの人に聴いてもらえるか、ということをチームで非常に綿密に戦略を立ててやっています。彼らも一夜にして大きくなったわけではなく、積み重ねです。いいものは何回も何回もリピートして聴いてもらう時代なので、そういう評価をしてもらえていると感じています。

・どうやって偶然に出会ってもらうか

ーーいまは若い人だけが音楽を聴く時代ではなく、40代、50代でも新しい音楽に触れている人が増えていると思います。そういった層にアプローチしていくことも視野に入っていると思うのですが、いかがでしょうか。

岡田:簡単に音楽を聴ける環境がどんどん整ってきたなかで、年齢層関係なく届けられるチャンスだと思います。一方で、若い人と上の世代の方とでは、自分が聴きたい曲をどのようにして探すのかも大きな違いがあるかもしれません。お目当ての曲やアーティストにどう紐づけて新しい曲を聴いてもらうか、を考える必要があると思います。

ーーなるほど。それではもっと若い層、10代のリスナーについてはどんな傾向があるでしょうか。

岡田:やはり、音楽を求めて音楽と出会っていない、ということを非常に感じます。以前よりも音楽と出会うチャンスが多くなっているなかで、“出会っちゃっている”わけです。いかに「自分が見つけた」という感覚を持ってもらうか。お勧めされた音楽を聴いたというより、自分が探して見つけたという感覚を大事にしていて、プラットフォームのレコメンド機能のなかに、どうやって入っていき、偶然に出会ってもらうか、ということを考えて取り組みを進めています。

ーー確かに、自分で見つけたという感覚があると、深く入り込みやすいですね。

岡田:そうなんです。情報が次から次へと流れていってしまうなかで、そういう感覚がないと、深く好きになってもらうのは難しいだろうと。流れていくのではなく、「自分がたまたま出会っていいと思った」という感覚を持ってもらえるようにしたいですね。

ーーあらためてという話になりますが、EMIは多くの人が子供の頃から親しんでいるレーベルであり、いまのアーティストラインナップを見ても独特のロックバンドらしさや、深い音楽性という共通点を感じます。岡田さん自身は、EMIというレーベルのカラーをどんなふうに捉えていますか?

岡田:就任する前からそうなのですが、音楽に真摯に向き合っている、というイメージですね。もちろん、他のレーベルが向き合っていないということではなくて、よりそこが強いというか。僕もそこが大事にしなければいけないポイントだと考えていますし、アーティストがやりたいことをいかに実現できる環境にするか、ということを重視しています。

ーー確かに、EMIにはアーティストを大切にするという伝統がありますね。

岡田:そのイメージも強いですね。一方で、代表としてやらせてもらうからには、自分のカラーも出さなければ意味がありません。その意味で、より多様性にあふれたレーベルになってきているのかなとは思っています。

ーー新しいカラーが加わりつつあると。かつての「ヒット」や「成功」という定義自体が変わってくる面もあると思いますが、何がアーティストにとって幸せなのか、ということも含めて、岡田さんはどう考えていますか。

岡田:究極は、それぞれのアーティストの目指すところによるかなと思っています。例えば、「東京ドームでライブをやりたい」というアーティストなら、それ相応のお客さんを集められるくらいのセールスやプロモーションが必要になりますが、もちろんそうではないアーティストもいて。共通したゴールを目指すのではなく、それぞれの活動にどう寄り添っていられるか。今の時代だとストリーミングで多くの人に聴いてもらい、国民的アーティストになっていく、ということはやりたいなと、自分では思っています。

ーー世界的に見ればストリーミングが主流になり、日本の状況もこの1~2年でかなり変わってきました。この流れはいっそう加速していくと思いますか?

岡田:そうですね。絶対的に増えていくと思っていますし、先ほども申し上げたように、普段、音楽をそこまで聴かなかった人が音楽に触れる機会が増えるので、その意味ですごくいいなと思っています。ただ、だからと言ってCDやDVDのようなパッケージがなくなるとはまったく思っていなくて、日本人特有の「所有したい」という欲求もあると思いますし、そこに応える工夫も追求していきたいなと。いまある市場を保つ、ということではなく、よりよいものをお客さんにどう提案できるか、という方向へのシフトですね。ストリーミングの成長とともにそれも進んでいけば、日本の音楽はいい形になっていくと思います。

ーーまた、ストリーミングサービスで世界中の音楽ファンに聴かれる可能性が開かれるなかで、若いアーティストのなかには海外を志向する人たちも増えていくのではと思います。そういうアーティストは、EMIのなかでも増えていく可能性がありますか?

岡田:僕自身も海外に向けて積極的にトライしたいと考えています。お隣の韓国が成功していて、他のアジアの地域も全体として可能性が高まっているので、日本にも以前と比べて大きなチャンスがある。YouTubeだってグローバルでつながっていますし、仕掛け方はいろいろとあります。あとは海外のリスナーにきちんと好きになってもらえる作品を作れるかどうかが重要ですね。

ーー前回の本コーナーに登場したMerlin野本氏も指摘するように、ストリーミング時代にはインディーレーベルの存在感が増しています。そのような中で、メジャーレーベルの役割や強みはなんだと思いますか?

岡田:一言で答えるのが難しいですが、人の力でしょうか。プロモーションやマーケティングだけではなく、組織としてアーティストへのサポート体制があると思います。先ほどの話とも重なりますが、アーティストそれぞれの活動に寄り添えるリソースがあるということだと思います。

ーー本日伺ってきた戦略の成果もあり、EMIは数字の面でも好調ですね。

岡田:代表になって2年ですが、連続で前年より大きく成長していますし、特にデジタル、ストリーミングの部分の成長が、CDやDVDに跳ね返ることも非常に多くなり、相乗効果での成長となりました。ストリーミングは出会ったときが新曲ですから、松任谷由実の楽曲も、椎名林檎の楽曲も、10年後、20年後に出会って好きになる人たちがいる。ゲーム実況動画で使用されたことがきっかけで新しいリスナーが増え、いま「丸の内サディスティック」がものすごく聴かれていますが、これもストリーミング時代ならではの出来事だし、そこから入って他の曲も聴いてファンになる、ということもあるので、本当にチャンスは広がっていると思います。(取材=神谷弘一)