本日公開! 『ちいさな英雄』が模索する“アニメーション映画の可能性”
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(写真左から)西村義明プロデューサー、山下明彦監督
『メアリと魔女の花』を手がけたスタジオポノックが新たな試みとして“ポノック短編劇場”と題した新プロジェクトを開始し、その第一弾『ちいさな英雄-カニとタマゴと透明人間-』が本日から公開になる。本プロジェクトが目指すのは“アニメーション映画の可能性”を広げること。西村義明プロデューサー曰く「他のスタジオでは実現が難しい」企画はいかにして陽の目を見たのか? 西村氏と今回上映される『透明人間』を手がけた山下明彦監督に話を聞いた。
2015年春に誕生したスタジオポノックは、昨夏に初の長編映画『メアリと魔女の花』を発表したが、その制作中にスピンオフ短編を制作する話をもちかけられたことが、本プロジェクトのきっかけになったという。「2016年の夏頃に30分のスピンオフをつくらないかって言われたんですけど、価値のあるものがつくれる気がしなかったんです。そこで30分を4分割して7分半ならどうですか? って提案して、その段階で監督の名前は何となく頭に浮かんだりはしていたので、短編をつくろうというのはその辺がきっかけですね」(西村氏)
一方で、短編制作に踏み出したのは、流れや直感だけでなく「焦りがあったから」だと西村氏は振り返る。「ディズニーやピクサーはCGアニメーションで新しいことに毎回チャレンジしていて、日本のアニメーションが得意としていた“人間を描く”ことにまで踏み込んできています。その一方で、日本に目を向けると類似した企画も非常に多い。ただ、その中には例外もあって、それが高畑勲監督だったり、宮崎駿監督だったりしたんです。扱うテーマも表現も、色々と模索しながら自分たちのスタイルを確立していった。宮崎監督はスタイルを確立して、高畑監督は確立したスタイルを自ら壊すこともあった。ですが、自分たちを省みると果たして彼らのような挑戦的な意識を持ちえているのかと、今後10年、20年の2Dアニメーション映画に果たして期待できるのだろうかと思ったんですよ。でも、可能性はあるはずなんです。2Dアニメーションは3DCGと違って平面芸術なので、絵画の様式において色んな可能性があったのと同様に、映画の内容に沿う様式も様々にあるはずだって期待がありました。だから、短編でしか描けない内容と表現を扱う中で可能性を模索したいと思いましたし、何か新しい引き出しが開くんじゃないかと」
そこで西村氏は「この人だったらできる、この人の違う側面が見られるかもしれないと頭に浮かんだ」監督たちに声をかけた。『メアリ…』を手がけた米林宏昌監督、スタジオジブリで活躍してきた百瀬義行監督、そして日本を代表する名アニメーターのひとりで、三鷹の森ジブリ美術館で上映されている短編映画『ちゅうずもう』で監督を務めた山下明彦監督だ。
「ある日、突然、“短編をやらないか?”って声をかけられたんですよ」と山下監督は笑顔で振り返るが、以前に西村氏に「自分に演出の力があるのか試してみたい」と話したことがあったという。「でも、話をもらった段階では内容はまったく決まってなかったんです。ただ、エネルギーがたまって何か表現したい盛りだったんですよ。最初にひとつだけ言ったのは“空を飛ぶのがやりたい”と。まわりの作品を観ると理屈に縛られているものが多い気がしたので、理屈から離れたところで表現してみたかった。結果的には“飛ぶ”のではなくて“浮く”になりましたけど(笑)」
準備の段階で山下監督と西村氏は何度も打ち合わせを重ねて、企画を模索したが、そこで西村氏の頭に浮かんだのが“透明人間”だった。「打ち合わせしてると、明彦さんがSFの話をする分量が多くて、僕はそれほどSFを好んで見ていないんで……って思った時に、なぜか“透明人間”が出てきた(笑)。で、よくよく考えると、透明人間ってすごく現代性がある。打ち合わせを喫茶店でしていたときに、僕たちは店員の顔を覚えてはいなかったし、そこに来るまでに買い物しても、どんな人から買ったのかも覚えていない。“そこにいるのに見えてない”という現代の希薄な関係性を、透明人間というモチーフで描けるだろうと」(西村氏)
『透明人間』はタイトル通り、周囲の人間からはその姿が見えない透明人間が主人公。彼はいつものように目を覚まし、いつものようにバイクに乗って自宅から出かけていくが、誰も彼の存在に気づかない。「当初はもうちょっとコミカルなものになるはずだったんです。他人が自分のことを気づいてくれない、機械も反応してくれないって場面の積み重ねがあって、その後に空中に浮いて“重力までも俺を見放すのか!”って(笑)。ただ、透明で地面から浮いてしまうというのは“自分の立ち位置”が不確かだということで、キャラクターの内面を“ストーリー”ではなく“設定”で描けるんですよ。主人公の悩みや苦しみをストーリーで表現するのでは、アニメーションにはならないので、やるのであれば比喩的にやりたかったんですね。だから、今回の映画で一番やりたくなかったのは、透明人間が服を脱いで外に出ること。それだけはイヤで、服だけが歩いているのに“見えない”っていう風にしたかったんです。それはつまり“物理的に見えない”ということではないわけですよね? 服を着ていても見えないし、顔があっても見えない。そうすることで象徴としての透明人間を描けると思ったんです」(山下監督)
本作だけでなく、米林監督が手がける『カニーニとカニーノ』、百瀬監督が手がける『サムライエッグ』もそれぞれが独自の表現技法を駆使して新たな表現に挑んでいる。「短編映画って長編よりも観るのに気構えが必要かもしれないですけど、それぞれ観てもらったら“大作感”も感じてもらえると思うので、そこは偏見との戦いです。それに、他のスタジオでは15分のアニメーションをこういう予算でつくるって実現しにくい企画ではあると思うんですよ。“予算を回収できるのか?”って叱られて(笑)。でも、そういうところに踏み込まないと新しいものは生まれないし、多少の持ち出しを覚悟しながら……しょうがない、やろう!って(笑)。その想いに関係各社が賛同してくれて映画館で上映することが実現しました。それは本当に幸運なことだと思いますし、『透明人間』も実写でやっても、あらましは想像できてしまいますけど、アニメーションで描くとこんなにも面白くなる。そこにアニメーションの快楽があると思いますし、明彦さんだから出来た映画だと思うんです。短編は短い時間の中に監督のやりたいことが満ちてる。そこが面白いところです」(西村氏)
『ちいさな英雄―カニとタマゴと透明人間―』
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