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宝塚で話題作連発の演出家・上田久美子が生み出す物語のオリジナリティ

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上田久美子 撮影:岩村美佳

2013年の演出家デビュー作『月雲の皇子-衣通姫伝説より-』が、いきなり高い評価を受けて以来、常に注目される中、次々と質の高いヒット作、話題作を提供してきた宝塚歌劇団の演出家、上田久美子。多忙を極める上田に、現在手がけている3月30日(月)開幕の宙組 TBS赤坂ACTシアター公演『FLYING SAPA-フライング サパ-』、7月に幕を開ける雪組公演『fff-フォルティッシッシモ-~歓喜に歌え!~』について、話を聞いた。

2月27日に行なわれた『FLYING SAPA』の制作発表会で、主人公の過去を消された男を演じる宙組トップスターの真風涼帆が、自分の役について「ちょっとこれ以上は……」と言いよどむ場面があった。地球人が移住した未来の水星を舞台に描かれるオリジナルのSF作品ということで、作・演出の上田久美子が“箝口令”を敷いたためだ。

「SF映画などの常套手段ですが、曖昧に世界観がスタートして、観ていくうちに、そういう関係なのかと、だんだん情報を得ていって、その不思議な世界に入り込んでいく体験が、私は結構好きで、今回も、ストーリーテリング自体を観せるような作品にしたいなと思っています。“ミステリアスなあのカッコいい人は何だろう”というところから入って、観終わったあとに、そういうことだったのかとわかるようにしたいんです。だから衣裳も、日常の男性の衣服に近い飾り気のないデザインで、鍛え抜かれた男役としての雰囲気や身体の動かし方、ポーズでカッコよく見せるようにして。そこは男役芸の見せ所ですし、真風さんならそれができると思いました」

ポスターではマシンガンを手にしているが、真風が演じるオバクは、アンニュイな雰囲気を漂わせ、動きも少ないらしい。

「真風さんの持ち味と、私がやりたかった役のイメージが近くて、しかも劇場がTBS赤坂ACTシアターと聞き、これはぴったりの人だと思いました。そこからさらに、真風さんが演じるなら、こういう行動をとれば説得力があるとか、こんなことを言ったら似合うと考えながら作っていきました。真風さんには、持って生まれた不思議な愛嬌と言うか、温かみがあって、ぶっきらぼうに愛想のないことを言ったり、シニカルに歯に衣着せぬ言い方をしても、ちょっと面白いんですよ。そういう普段の彼女が出るように、セリフも、ニコリともしないでボソッと言うけれど、なんだか面白いという感じにしたいなと」

上田が手がけてきた作品は、時代や国、その歴史的背景や社会情勢、主人公の身分や職業もさまざまだが、SF物の芝居は初挑戦となる。しかし近未来の物語は、実はかなり以前から気になっていた題材だと言う。

「10年ぐらい前にiPhoneをみんなが持ち始めた頃、検索結果とか健康状態とか、個人のすべての情報を、その気になれば一企業が閲覧できるのがちょっと不気味だな、みんなはこれで平気なのかなとうっすら思ったんです。それが今や当たり前で、ゆくゆくはスマホが生命を維持するためのデバイスになるのではないかと。実際、人と何かについて議論する時にスマホを持って検索しながらしゃべるのと、使わないでしゃべらなければいけない時では、脳の動き方が違うらしいですし、記憶をすべて携帯やパソコンにアウトソーシングするようになると、例えば道を覚えなくてもよくなって、動物としての感覚や機能も変わっていきますよね。その重大な変化が、持っていたほうが楽しいからぐらいの軽い気持ちでどんどん広がっていくのが不気味で、せめて自分は自覚しながら加わりたいと思ったんです。でも、そのうちみんなの情報や精神までがひとつの中心に吸い寄せられ、吸収されていく光景が思い浮かんで、そこからこの話を思いつきました。情報化が加速度的に進んでいる時代なので、今やらないと遅すぎると思ったのですが、宝塚でこういう題材を上演するのは珍しいかもしれません」

宝塚としてはかなり挑戦的、実験的な舞台になりそうだが、久しぶりに手がける小劇場作品だからこそ、柔軟に挑むことができるオリジナルの題材とも言えるだろう。

「大劇場のお芝居では、先人から受け継いだ伝統芸を守るという意味もあって、自分が好きな物より、古典的な物を演ったほうがいいと思いますが、小劇場で、短期間に少人数でとなると、逆に挑戦的なことをやってみたいなと。歌劇団にはたぶん両輪が必要なのだと思います。今回は、ただ自分が語りたい物語を語ろうと思っていて、あまり宝塚だということは意識しないでやってみたいですね。意外と生徒たちもそういう挑戦にやり甲斐を感じているようで、今の世の中に対して何か問いかけたり考えたりという、文化的に資する新しいものを作りたいという気概が、時にはキャストにも必要なのではないかなと思うようになりました」

上田作品は多くの観客の感涙を誘ってきたが、これも、その効果を意図して題材を探したわけではない。『星逢一夜(ほしあいひとよ)』(2015年)は、郡上八幡を訪れた折に偶然知った、天文学好きの藩主と一揆の話に想を得て書き上げ、『神々の土地~ロマノフたちの黄昏~』(2017年)は、実在した主人公の姉の自叙伝と思いがけず出会ったのをきっかけに書かれた作品だ。

「いつもちょっとした時に見つかりますね。デビュー作の『月雲の皇子』も、家の近所の古墳をウロウロしていて、立て看板に“土蜘蛛”と書いてあるのを見つけ、そこから興味を持ちました。物語が好きなんですね。例えば祖父母が若い頃の話を聞いて、まるで物語のようで面白いと感じる能力は、子どもの頃にあまり刺激がない田舎で育ったので、普通の裏山だと思っていたら崩れかけた古墳だと気づいて、ワクワクしながら探検したり、“ここにお姫様がいたら”と想像したりすることで、養われたのだと思います」

他の人間なら見過ごしてしまうような何気ない物に興味を持ち、それを旺盛な好奇心で採り入れていく。上田久美子のポケットにはどれほどの情報が詰まっているのだろう。

「いえ、むしろ情報量は抑えて、何か来た時に、“わあ、楽しい”と思えるだけ飢えていたほうがいいんです。人間には本能的に、生存に有利だから1日これぐらい情報が欲しいという量があって、摂取できる情報量はカロリーなどと一緒で決まっているので、例えばザッピング的にインターネットでいろいろなニュースを見て、ジャンキーな情報で1日当たりの摂取量がいっぱいになると、家に帰って新聞や本を読む気になれないんですよ。逆に、インターネット断ちをしてテレビのニュースも見ないと、読書が相当はかどります。それは情報に飢えるから。演劇も、あまりにも観過ぎてお腹いっぱいになってしまうと、ふと見つけた物を自分の中に入れて、そこから考えるという余力が無くなりそうなので、月1回、適度に摂取するぐらいが、刺激を受けていいかなと。要は情報過多にならないことで、私も退屈な田舎で自然に囲まれて育ったのがよかったんだと思います。いい物にちょっとだけ触れて、あとはボーッとしているのがいいのかもしれません」

上田久美子

『FLYING SAPA』の次は、先ごろ退団を発表した雪組トップスター、望海風斗のサヨナラ公演となる『fff-フォルティッシッシモ-~歓喜に歌え!~』が控える。フランス革命後のヨーロッパを舞台に、ベートーヴェンが交響曲第九を生み出すまでの過程を、同時代のナポレオンやゲーテの生き方と絡めて描き出すという。上田は、2014年に『翼ある人びと-ブラームスとクララ・シューマン-』で、やはり作曲家の物語を手がけているが、一見宝塚のイメージから遠いベートーヴェンを取り上げるのはなぜだろう。

「ベートーヴェンはもともと好きでした。子どもの頃は古臭いと思っていましたが、名曲喫茶でアルバイトをした時、1日中クラシックを聴いていて、白いご飯のようにいくら聴いても飽きない曲があると気づいたんです。その作曲家のひとりがベートーヴェンで、これほど普遍性があるのは、何か調和のとれたシンプルで確固とした美があって、それがあるから飽きないんだと思い、彼が曲を生み出すに至った経緯を知りたくて、伝記や資料を読んでみたら、これが壮絶な人生で。耳が聞こえなくなって絶望し、一度は死ぬことも考えたけれど、神から与えられた才能は自分だけの物ではないから、身体の中の音を外に出すまでは死ねない、どんなに不幸でも生きていようと思ったそうなんです。すごいですよね。そうやって作った最後の交響曲が第九で、その合唱部分の『歓喜の歌』は、今で言ったら異常に盛り上がるロックみたいな感じだったと思うんです。それを、音楽のために一切の個人的幸福を諦めた人がどうして作れたのか、ぜひその物語を書きたいと思いました」

主演のベートーヴェンを演じるのはもちろん望海風斗、望海と同時退団するトップ娘役の真彩希帆は、彼と共に歩んで互いに影響を与え合う女性の役だ。劇団屈指の歌唱力を誇るトップコンビの歌も堪能できるだろう。

「私が心を打たれたのは、壮絶な人生を送りながらも、ポジティブに生きようとするベートーヴェンの不屈の精神と、世のため人のために善なる物を一生懸命目指そうとしたその純粋さなのですが、そんな一見気難しいけれど、中にある物はピュアで優しいという役は、望海さんの芸風にすごく合うだろうなと思います。クセのある役など上手な人ですし、とてもピュアで、音に対して純粋に子供のような喜びを持っていて、しかもベートーヴェン並みにほとばしる物が強い人ですから。真彩さんの役は謎の女ですが、基本的にはいつもベートーヴェンと一緒で、彼にとってとても重要な存在です。真彩さん自身の持ち味も生かしたいですし、この名コンビがどんな関係性で最後のステージを飾るのか、お客様も気になると思うので、満足していただけるような形にしたいですね。ゲーテやナポレオンなど、他の登場人物も豪華で、宝塚ファンには馴染み深いフランス革命とも関わりが深い激動の時代なので、面白くなると思います」

宝塚歌劇宙組『FLYING SAPA-フライング サパ-』は、3月30日(月)から4月15日(水)までTBS赤坂ACTシアターにて上演。

宝塚歌劇雪組 ミュージカル・シンフォニア『fff-フォルティッシッシモ-~歓喜に歌え!~』(レビュー・アラベスク『シルクロード~盗賊と宝石~』を同時上演)は、7月17日(金)から8月17日(月)まで兵庫・宝塚大劇場、9月4日(金)から10月11日(日)まで東京宝塚劇場にて上演。

取材・文:原田順子

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